住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

遠く離れていても

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3月23日 曇り 晴れ 

 

実際に会ったことも少ないし、じっくり話したこともあまりないのに、気持ちが通い合う遠方に住む友人がいて、SNSでやり取りをしている時、ふと弘法大師の言葉を思い出しました。

 

古人は面談を尊ばず。

尊ぶところは道を同じくするに在るのみ。


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弘法大師空海像 京都智積院蔵


その心は、「昔の人というものは、顔を合わせて話すことよりも、離れていても、志を同じくして生きていることを尊んだものだ」という感じですね。


死別のレッスンとしての涅槃会

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3月15日 涅槃会(やしょうま)晴れ  

 

信州では月おくれとなる本日、長谷寺におきましても、お釈迦さまの涅槃会が営まれました。

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午前と午後、あわせて150人ほどのお参りを頂いて、皆さんとともにお釈迦さまへの報恩と追慕のお祈りをしました。

 

涅槃会は、その遺法の末世の弟子たる私どもが、出家も在家もともどもに、お釈迦さまへの報恩の誠をささげる法会です。しかしそれだけではありません。


月がきれいな夜には

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3月12日 晴れ  

 

月の光でしか見えない世界がある。

 

昔、何かの本の中で出会った言葉です。

とても印象に残り、以来、私は月を見上げる人になりました。


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お坊さんの修行に入り、真言宗の瞑想に「月輪観(がちりんかん)」という、月の瞑想があることを知り、それは素敵だな、と思いました。満月を想い、その満ち欠けを想い、闇を照らす性質や、その清浄な美しさを想い、その清らかで汚れなく、自在独立の姿に、悟りへの想い、菩提心を重ねてゆく瞑想です。

 

思えば、長谷寺のある信州さらしなは月の都、と言われてきました。

更級の月、姨捨の月は、西行、世阿弥、芭蕉、一茶という日本の詩歌や芸能の巨人たちが憧れた特別の場所でしたが、それは、万葉の昔から、この更級という土地が格別に月の美しい場所であるからにほかなりませんね。

 

今日は美しい満月でした。

少し雲がかかり、やわらかな光が美しくもあやしい月でした。

その光が照らす世界もまた、昼間の姿は違う姿となって、私たちの目に映ります。

 

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こころが静まってくるようでもあり、ざわめくようでもある、満月の夜。

暦においては、月と共に生きてきた歴史の方が、はるかに長い人類の歴史を思うと、瞑想とまではいかなくても、もっと月を見上げ、月の光でしか見えない世界を感じる時間を大切にしていきたいものですね。

 

合掌

(住職記)

いのちのちかい

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3月11日 晴れ 

 

いのる、ということ。

 

日本語は、その語源をさかのぼると、私たちの祖先の心を今に伝えています。

「いのる」という言葉<やまと言葉>は、「い」と「のり」に別れるそうです。

「い」は、息とか、息吹にもあるように「いのち」を意味する言葉。

「のり」、天皇陛下の「みことのり(詔)」とか、神主さんの「のりと(祝詞)」にみられるように、うそ偽りのない言葉、神仏の前での誓いの言葉、というような意味を持つ言葉だそうです。

 

すると、「いのり」とは、「いのちの誓い」という意味になります。

 

つまり、私たち日本人の祖先は、カミ(神)や死者の魂、祖先の霊の前で、「いのちの選手宣誓」をしていたわけですね。

 

間もなく春の甲子園大会。高校球児の精一杯のプレーを見ることができます。

あの開会式の選手宣誓では、どんなことを誓いますか?

「宣誓、われわれは、スポーツマンシップにのっとり、正々堂々、最後まで全力を尽くして戦うことを誓います」

だいたい、こんな感じですね。

では「いのちの選手宣誓」としてのいのりでは?

 

「せいいっぱい、生きることを誓います!」

そう、誓っているのではないでしょうか。

それが、日本人にとっての、祈り、なのですね。


神仏の前で、祖先の前で、祈るということは、一生懸命、ベストを尽くして、与えられた場所で、限りある命を生きてまいります。

そう誓うこと、それが、いのり。

いのちの祝詞、いのちの誓い。

 

今日は、東日本大震災の七回忌となる祥月命日でした。

幾万の尊い命が失われました。

その犠牲となった一人ひとりの方のみ霊の安らかなることを、祈る私たち。


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(田老町にて)


それは、犠牲となった方々のみ霊に誓うことなのですね。


「私たちは、せいいっぱい、生きてまいります」と。

 

合掌

(住職記)

天気予報好きDNA

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3月7日 曇りのち雪 時おり吹雪く


亡くなった母親は、なぜかテレビの天気予報が好きでした。

朝、昼、そして晩と、主にNHKニュースの後半にある天気予報をチェックしていました。

 

そして冬なら「ああ、東京は明日寒いわね」とか「あらやだ、長野は本州で一番寒いわよ」とつぶやき、夏なら「見て見て、東京38度ですってよ」とか「まあ、長野でも35度なんて、いやねぇ」とぼやくのです。

 

東京の天気なんて、長野に住んでいるのだかどうでも良さそうなものですが、どういうわけか東京の天気をチェックしてはつぶやいたりぼやいたり。もしかしたら、離れて暮らす仲良しの姉妹たちが東京方面にいたからかもしれませんが、そうやって毎日朝昼晩、天気予報をチェックしていました。

 

思えば、天気予報も細かくなりました。

昔は、かなり大雑把な天気図で、担当の方も、「私の言っていることはあくまで予報ですから」というどこか弱気な感じが漂っていましたが、最近は違いますね。

 

母親の影響か、私も天気予報をしっかり見ています。

とりわけ才色兼備な女性気象予報士が自信満々に伝えているのを楽しみにしているわけですが、実は美しい気象予報士以上に、NHKの週末だけ登場するおじさん予報士の南利幸さんのファンなのです。あの駄じゃれ、おやじギャグがたまりません。なにか、おれも頑張ろう、という気になります。南さんは、地方の一寺院の住職を励ますつもりなど毛頭ないと思いますが、どういうわけか、ほのぼのとして、頑張ろうという気持ちになります。全国には、南さんのささやかな駄じゃれを楽しみにしている人がたくさんいると思います。今後とも、なにげない感じの、ダジャレで私たちをほのぼのと元気にしてください。


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ダジャレを飛ばす気象予報士 南利幸氏」より

私は、母のDNAのお陰で天気予報好きではありますが、予報そのものより、南さんのダジャレやお天気キャスターさんたち手を変え品を変えて気象の魅力を伝えるアイディアが楽しみです。

 

ところで今日の天気予報はと言えば、またまたピタリと当たり、午後から雪になり、夕方を過ぎてからだいぶ降っています。こんなに当たってしまうのも、なんだかつまらない気もしますね。「あ~した天気になぁれ」と下駄でお天気占いをしていた方が、天地自然と気持ちが通っているような気がします。

 

(住職記)

地獄コール

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3月6日 蟄虫啓戸 うす曇り 穏やか

  

私は、小学校の読み聞かせをしています。

毎週月曜日、「今日はどんな本を読もうかな」と、子供たちの顔を思い浮かべながら、本を選ぶ楽しみがあります。

 

もっとも、私の場合、子供たちは私の職業を知っているせいか(村のお寺の和尚なので)、決まった傾向の本を期待しています。

 

それは「地獄」に関するもの(笑)

 

名著『じごくのそうべい』をはじめ、最近は紙芝居の『小僧さんの地獄めぐり』など。お寺の地獄図を持っていったこともあります。

「こんなのでもいいですか?」と学校の先生に尋ねました。

「ぜひぜひおねがいします」とのこと。

 

 

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子供たちはじごくが大好き(笑)

ある時は、違う本を持っていったところ「え~地獄の話じゃないの~つまんな~い」「地獄がいい!」「ぼくも~」「地獄っ地獄っ」「じーごーくー」と地獄コール。

 

娑婆からの地獄コールに、閻魔大王も苦笑いのことと拝察します。合掌。

 

それならば、と期待に応えて、大いに気合を入れて「小僧さんの地獄めぐり」を読んだところ、げんなりしてしまう子もありました(汗)。


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この紙芝居、絵が素晴らしいので、想像力や感受性が豊かな子には、インパクトが強すぎるかも。どうか悪い夢を見ませんように。

 

この紙芝居、ひろく現代っ子(老若男女)の皆様に、強くお勧めします。

おじいさん、おばあさんは、お孫さんにプレゼントしましょう。

さし上げるだけではだめですよ。

必ず、気合を入れて、読みましょう。

 

読みながら、きっと思うはず。

閻魔さまが、ずっと見てたのかな。。。と。

わたしは、だいじょうぶだろうか。。。と。

 

お釈迦さまは仰います。

悪いことをせず、善く生きて、こころを清らかにしよう。これが仏の教えである。

 

閻魔さまが、ジロリとご覧になっています。

 

(住職記)

3月5日 啓蟄 晴れのち曇り

 

春は卒業の季節。

昨日は息子の高校の卒業式に参加し、しみじみ。

私の母校に通った息子は高校生活を大満喫し、部活動に、生徒会活動に、そして学業にと、正直、私の息子とは思えないほど真面目に、熱心に、そして楽しく取り組んでいた。

 

そんな息子たち卒業生たちを見つめ、30年以上も前に、自分自身もこの場所から巣立ったのだと思うと、時の流れの矢の如きに、やや途方に暮れる。

 

建物も、制服も、多くが当時とは変わってしまった母校ではあるが、校庭や新しい校舎の中庭の木陰などには、昔と変わらない姿があった。不思議なことに、日頃は全く思い出すことのないような30年以上も前の出来事や親しかった友達の顔が次々と蘇ってきた。

そして、なかなか会えなくなってしまった懐かしい顔が蘇る。

二度と会えなくなったしまった人も、ある。

 

卒業式は、若者にとっては、人生で初めての別れ。

愛別離苦の悲しみを知るレッスン、ともいえる。

そのせいか、卒業にまつわる名曲も多い。

誰もが、この別れの季節を彩る思い出の曲があるのではないかな。

最近は、学校で歌われる合唱曲にも感動的なものが少なくない。

 

でも、このような学校での別れの場で歌われるのは、世代を超えて歌い継がれる歌が良いように思う。やはり定番はこれでしょう。

 


 

 

ふりかえれば、私たちは、大切な別れの場面で、「ちゃんと別れる」ということが案外とできていないものですね。亡くなった作詞家の阿久悠さんはこう言っています。

 

「人間はたぶん、さよなら史がどれくらいぶ厚いかによって、いい人生かどうかが決まる」

 

しかし、阿久悠さんは最近の日本人は、ちゃんと別れることが出来なくなってきている、と危惧を抱いていたそうです。

皆さんはいかがですか?

卒業式は、そんな「さよなら史」を刻んでゆく大事な一歩ですね。 


(住職記)

うしれいひなまつり

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3月3日 桃の節句 晴れ。冷たい風、強し。


女の子の健やかな成長を祈る、桃の節句。


中国には数千年に一度だけ花を咲かせて実をつける不思議な桃を食べると不老長寿になるという伝説があるそうです。

その実を食べたのが、かの孫悟空。

そんな昔から、桃には不思議な力があるとされ、女の子の成長祈願のために、その神秘の力の加護が願われたのですね。

やはり、古代の人々のビーナスや大地母神への深い信仰を思うにつけ、母なるもの、生命を生み育む偉大な女性の健やかな成長は、私たち人間の基本的な願いのひとつですね。


私にも娘がありますのでこの季節には小さいながらも雛人形を飾ってお祝いします。

私自身弟と二人兄弟でしたから、こういう可愛らしい行事とは縁がありませんでした。

こうして娘を持ってみて初めて感じる桃の節句ならではの喜びや感慨、そしてまた幼かった娘が、少女へ、そしてまた大人びて成長していく姿には、そこはかとない寂しさのようなものもありますね。

これは男親だからでしょうか。




それにしても童謡「うれしいひなまつり」のこのもの悲しさはなんでしょう。

少しも「うれしくない」という響きです。むしろ悲しくなってきます。

でも、この哀調に、日本的な情緒を確かに感じますし、こういう喜びの中にも悲しみを感じ取っていくところに、私たち日本人の世界の感じ方のようなものがあるのかもしれませんね。

「うれしいひなまつり」の作詞をしたサトウハチローは、愛娘を若くして亡くしています。

そのためこの歌にはその悲哀がどこかに漂っているとも言われていますね。

「生きていれば、今日は娘の祝いの日だったなぁ」という詠嘆のような響き。

そんな悲しみがあることを知るほどに、幼い命よ健やかであれ、と祈らずにはいられませんね。

(住職記)

しわよせの日

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3月2日 晴れのち曇り。午後から冷たい雨。

 

お寺の会計事務を修行する。苦行。これぞ難行。

よく滝に打たれたりするのを苦行というが、やりたい人にとっては苦行でも何でもない。

好きでやってる人もある。

 

たまりにたまった会計処理の滝に打たれる方が苦しい(に違いない)。

 

苦とは、仏法では自己矛盾を言う。

春、卒業、好きな人と別れる、愛別離苦。

春、就職、嫌いな上司と会う、怨憎会苦。

私、会計、やりたくないのに、やらねばならない。嗚呼。


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かくのごとく、苦手なことを先送りしてしまうのは、私だけではないだろう。

先送りして、会計事務がたまりにたまった今月今日。

本日は、しわ寄せの日です。嗚呼。

シーツのしわを伸ばしていく。すると目の前はしわのないきれいな状態になる。

が、しわを寄せた方はくしゃくしゃだ。


それにしても「しわ寄せ」とは実にうまい言葉だ。

日本語には本当に見事な表現が多い。

 

しわ寄せって、英語でなんて言うんだろうか。

 

さっそくネットで検索する

(そんな暇があったら会計事務を片付けろ、という声が聞こえる)。

 

例文:社員にしわ寄せが行く

take a toll on the workers

 

というらしい。

「しわ寄せ」という視覚的なイメージはわきませんね。

でも、「toll」の語源を見てみたら、、、納得。

ギリシャ語の『税金』(笑)

 

何か見てくれを整えたり、やりたいことばかりしていると、

それなりに後で支払わなくてはならない、ということなのですね~。

 

お釈迦さまも仰っています。


すべては移ろいゆく。

怠らず、怠らず、励んでゆくのだ

 

勤精進。


今日は、一段と身に染みる言葉です。

 

(住職記)

温かな陽ざしに誘われて

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温かな陽ざしに誘われて

 

3月1日。晴れ。

朝は冷え込んだけれど、春めく陽射しで10時頃にはだいぶ暖かくなった。

そんな温かさに誘われて、毎月の命日に「月参り」をしているお檀家さんのお宅に歩いていくことにする。

お寺の石段を歩いていくと、散歩をしている人とすれ違う。

みんな春に誘われて出てきたのだな。

啓蟄は近い。(虫と一緒にしてはいけないかな(笑))

 

月参りのお宅では、お仏壇で一緒に般若心経をお唱えする。

今日は御詠歌も唱えさせて頂いた。

お経が住むと、いつも奥さまとのお茶のひと時。

信州はお茶のみ文化が高度に?発達しているので、誰かが家に来るといろんなお茶うけが並ぶ。

私もそれがいつも楽しみ。

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美味しいお茶と漬け物を頂いて失礼する。

ちょうど昼時で弥生の陽射しはとても温かだ。

お寺への道を、どこを歩いていこうかと思いながら選んだのは、車道がなかった昭和30年代まで、村の人たちがお寺に登っていくのに行き来していた畑の中の道。

「ほら、あの道を通ってみんなお寺へ来たもんだ」

と、子供の頃に父に聞いたのを思い出した。

その畑道に入るとすぐに、足元にオオイヌノフグリがたくさん咲いているのに気がつく。小さな花なのに、その淡い青を輝かせて春の到来を告げている。

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この畑道は、しばらく行くと『鶴萩古墳』という古墳の横を通る。

一件小規模な円墳だけれど、中の石室には巨大な石が用いられるなかなか立派な古墳だ。どんな人が埋葬されたのか知る由もないが、その先室への入り口にもオオイヌノフグリはたくさん咲いていて春ののどかさもひとしおだ。

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日当たりのよい場所には少し気の早いタンポポも顔を出していた。

 

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まだ朝夕の寒さは厳しいけれど、確かに春を感じる信州さらしなです。

 

こんな季節の長谷寺もいいですよ。

こころ穏やかになる、少し温かな春の日に、観音さまにお参りください。

(住職記)

いのりのしずく

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小児科医の細谷亮太先生のお話しを通じて、小林一茶の句を味う機会を得た。

 

一茶は、家庭的には実はとても不遇の人だった。それは、一茶の句に親しむうえでは、とても大切なことだと思う。よく知られているのは、ようやく授かった我が子に死なれてしまった時の句だ。

 

露の世は 露の世ながら さりながら 

 

一茶は、仏法にも明るい人だった。その仏法に照らすまでもなく、世の無常は理解していたし、まさにこの世は露のようにはかないものである。

そのことはよく理解している。

しかしながら、いったいなぜ、どうして我が子は逝ってしまったのか、なぜなのか、、、。

この「さりながら」に込められた、あるいは、ここから滲み出してくる、怒りとも嘆きとも悲しみともいえる、思い。。。。

大切な人を亡くした方には、静かに響いてくる句ではないでしょうか。

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かの哲学者・西田幾多郎も我が子を失った時の思いを語ります。

「人は死んだ者はいかにいっても還らぬから、諦めよ、忘れよという、しかしこれが親に取っては堪え難き苦痛である。時は凡すべての傷を癒やすというのは自然の恵めぐみであって、一方より見れば大切なことかも知らぬが、一方より見れば人間の不人情である。何とかして忘れたくない、何か記念を残してやりたい、せめて我一生だけは思い出してやりたいというのが親の誠である」。

 

一茶にはもう一首、私たちに胸に響く句があります。

 

蛍来よ我拵し白露に 一茶

(ほたるこよ わがこしらえし しらつゆに)

 

蛍は、古来、先立った懐かしい人の魂とされます。

一茶は、夏の夜に舞う蛍に呼びかけています。蛍よ、こちらにおいで、この私の用意した滴のもとに、と。まるで有名な『ほ、ほ、蛍こい、あっちの水は...』の歌のようですが、この句は、亡くした娘を偲ぶ句なのだそうです。幼くして亡くなってしまった娘の魂を呼んでいるのですね。

蛍は、夏の夜に、草花の葉先などに自然と結ばれる水滴を求めて飛んできてとまります。

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山陰観光【神々のふるさと山陰】旅のポータルサイト


一茶はどうでしょう。そんな滴を乗せた夏草のそばにいるのではありませんね。そうではなくて、「我が拵えし白露に」と言っています。私が用意した露のもとにおいで、と。

では、一茶はその白露をどのようにしつらえ(用意し)たのでしょう。井戸から汲んできたのでしょうか?そうではありませんね。

細谷亮太さんは「それは一茶自身の念によって拵えた露だ」と仰いました。

一茶自身の念によって、、、。 

みなさんは、この「白露」をどう思いますか。

亡き人を、強く強く強く思い(念い)、その思いを凝縮していく。

それによって、一茶の手のひらには、ひとしずくの白露が結ばれる。

あるいは、それは乱舞する蛍の中に、一茶の方に迷い舞ってきた一匹の蛍があり、そこに娘を感じて思わず零れ落ちた一茶の涙であったかもしれません。

いずれにしても、その「白露」は、娘を偲んで止まない追慕の念によって拵えられたものなのですね。

 

季節はまだ春浅く寒い日々は続きますが、一茶の句を味わい、心は夏の夜の蛍を思いました。

 

長谷寺お釈迦さま涅槃図の絵解き

~お釈迦さま最後の旅~

315日(

      1回目 午前10:00~

      2回目 午後14:00~

      長谷寺 庫裏

長谷寺ではお釈迦さまの命日(やしょうま)に当たり寺宝「大涅槃図(ねはんず)」を公開しお絵解きをします。仏教の祖、お釈迦さまの最期の様子が描く涅槃図の絵解きは、お釈迦さまが80年のご生涯を通じて、お釈迦さまが何を求め、何を伝えたのかを物語ります。長谷寺の寺宝「大涅槃図」のお絵解きで、お釈迦さま最期の旅路を一緒にたどりましょう。



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涅槃図 御釈迦さま入滅の物語


凍結された光景・・・・。

仏陀の死の光景が、一枚の絵に氷結している。

「その場」に居合わすことの出来なかった人々は、

すなわち遅参者である私たちは、

遥か遠くの凍りついた仏陀に

暖かな憧憬を寄せて南無釈迦牟尼仏と称えるばかり。

しかしその暖かな想いと言葉によって、

いつしか氷が解けて雫がこぼれだすように、

仏陀の温もりが私たちに染み込んでくる。

凍りついた光景を想いと言葉によって溶(解)かす。

絵解き、という言葉がもっとも似合う絵が、

仏涅槃図ではないだろうか。




■涅槃図 仏伝文学の中のクライマックス

仏教の祖、釈尊が、クシナガラの跋提河(ばつだいが)のほとり娑羅双樹の間に入滅する様子を描いたもので、釈尊の生涯を伝える仏伝文学の中でも重要な場面である。


釈尊は、今から二千五百年ほど昔、インドの北西部に存在した釈迦族の王子として生まれ、二十九才で出家し、三十五才で悟りを開いたと伝えられている。その教えは「人間の生きるべき道」「輪廻からの解脱の法」を明らかにしたもので、悟りを開いて亡くなるまでの四十五年間にわたって、釈尊はその教えを説き続けた。その間の様子を前世から誕生、成道(悟り)、布教の旅、そして入滅など、釈尊の生涯の重要な場面を取り上げて細かく伝える「仏伝」が伝えられているが、それらはインドでも早い時期からストゥーパ(仏塔)のレリーフなどで表されていた。難しい経典の内容よりも、釈尊その人の生涯を通じて人々は仏教に親しんできたのだろう。中でも釈尊の死の場面を表す「涅槃図」は仏伝文学の中でも独立したテーマとなり、仏教が伝えられたアジア全土でくまなく親しまれてきた。

 

■デス・エドゥケーション(死の学び)としての涅槃会

日本においても寺院において「涅槃会」が早くから行なわれてきた。そこで用いられてきた涅槃図には重要文化財などの優れたものも少なくないが、そうした中央のものとは別に、地方寺院でも涅槃会は盛んに行なわれ、今日でも多くの寺院に涅槃図が残されている。また地方寺院における涅槃会は中央の厳粛なものとは違い、地域住民が娯楽もかねて参加するもので、その日のお供え(信州では「やしょうま・涅槃団子」)が目当てで子供たちが寺に集まった。

その際、簡単な法要とともに、人々に対して涅槃図の絵解きが行なわれたのである。その絵解きは寺の住職がする場合もあったし、例年絵解きに親しんできた地域の古老が担当することもあった。人々は、釈尊の死の光景を語り聞かされ、そこから仏教の死生観に馴れ親しみ、それを身につけていった。長寿を全うし、親しい人々に囲まれて死んでいく釈尊の死は、日本人にとっての死に方の理想的なモデルでもあり、涅槃会は今日いうところの「デス・エデュケーション(死の学び)」そのものであった。


■涅槃図に描かれるもの

縮される涅槃の物語(情報)を解凍する絵解き

涅槃図において、釈尊は娑羅双樹の間に頭を北にして横たわり、その周囲を弟子や諸菩薩、神々が取り囲み嘆いている。さらに修行者や在家の信徒、多数の動物や昆虫類などがかけつけ、天には釈尊を産んで七日で亡くなったという母マーヤー夫人が描かれる。

また哀しみのあまり悶絶して地に伏した愛弟子のアーナンダ、枕元で最期の別れを告げる実子ラーフラ、釈尊の足に触れるヴァイシャーリーの老婆、天から飛来する実母マーヤー夫人、激しく取り乱す金剛力士など、入滅にあたって特徴的なエピソードを残した群像は、多くの場合に一見してそれと分かるように描き込まれている。

それらの様子は、どれかひとつの経典や仏伝に取材したわけではなく、多数の涅槃系経典や仏伝文学、あるいは民間伝承などから、縦横無尽に取材されている。したがって、涅槃図を描き、またその絵解きの台本の原型となるものを編集制作した人々は、膨大な涅槃に関する情報を収集したものと思われる。

そうして集められた膨大な情報を、一枚の絵に凝縮し圧縮する。そしてこの凝縮され圧縮された膨大な釈尊の涅槃の物語は「絵解き」というスイッチが入ったとたんに、あたかも圧縮された情報が解け出すように、こんこんと水が湧き出るようにセットされている。

檀家さんこんにちは

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私とお寺とのご縁。人とお寺とのご縁。

檀家と菩提寺という関係の中で、日本人はどんな心を育んできたのでしょう。

個人を大切にする現代のライフスタイルが進んで、従来の共同体つまり地縁・血縁に基づく文化や価値観は、現代の人には好まれなくなっています。

それらはどこか個人の自由に対する「しがらみ」や「重荷」というマイナスなものとしてイメージされやすいのではないでしょうか。

ですから、地縁・血縁を基盤とする寺院も、なにやら前時代のしがらみのシンボルであるかのように思われ、仏教に興味を持つ人であってさえ、菩提寺や寺を敬遠するようになっているのではないでしょうか。

 

しかし最近は、グローバル化が進んだためなのか、海外の人々からの高い評価もあり、かえって伝統的な文化を見直されています。

伝統の見直しは、社会的な文化にも広がりを見せ、特に少子高齢化社会が進む地域の課題として、コミュニティの『絆』の再生がテーマになっている中で、地域の寺の機能にも関心が集まり始めていますね。

 

そこで、人々と寺とをつなぐ、檀家と菩提寺という間柄についても、必ずしもマイナスなものではなく、プラスなものとして再評価する動きもあります。

そこには、不透明な社会で、しかも人生100年時代の老病死という人生の問題も抱えながら、自分の人生をしっかり生きていきたいという現代人の願いがあるのかもしれません。

まいてらのホームページでは現代における檀家さんとお寺のご縁の物語が紹介されています。

檀家さんこんにちは」、ご覧下さい。



おてらおやつクラブ

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長谷寺では、「おてらおやつクラブ」の取り組みに参加しています。


この取り組みは、公式ウェブサイトの言葉を紹介するとこんな感じです。


「おてらおやつクラブ」は、お寺にお供えされるさまざまな「おそなえもの」を、仏さまからの「おさがり」として頂戴し、全国のひとり親家庭を支援する団体との協力の下、経済的に困難な状況にあるご家庭へ「おすそわけ」する活動です。おすそわけを通じ、ご家庭と支援団体との関係性の深まりに寄与し、貧困問題の解決への貢献を目指します。



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お寺は全国にあり、その数はコンビニより多いと言われますね。それらのお寺では、檀信徒の皆様からの御本尊さまお供えがあり、また先祖や亡き人の供養としてお供えされるお菓子があります。お菓子ばかりではありません。お米や野菜などもお供えされます。


私ども寺に住む住職やその家族(寺族)は、それらの「おさがり」を糧として暮らしています。それはとてもありがたいものです。師である長老は「我々はおさがり、すなわちお仏飯をいただいているから残してはいけないよ」とよく申します。また、それらのお菓子は、ご法事の折には参列の皆さまのお茶うけとして出されます。お供えした方の供養の心とともに、おさがりが回っていく仕組みがあるのですね。お供えがおさがりとして、無駄にならず生かされていくとても良い仕組みですね。


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 (おやつクラブのポスター)


この『仕組み』は、現在では個々のお寺で完結し、ある意味では閉じていますが、昔は地域的にお供え物を分かち合い、シェアしていく広がりのある仕組みだったと思います。神仏に供物を供える布施や喜捨という宗教的な行為の中には、個人の所有物やお金が、社会に循環していく仕組みという側面もあるのです。その意味で「おてらおやつクラブ」はこの『お供え循環システム』を現代に蘇らせる画期的な取り組みではないかと思います。


長谷寺でも、この取り組みに参加し、縁日や写経の会で、ご本尊さまにお供えされる供物を、貧困家庭を支援している団体を通じてお届けしたいと思います。


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(先日の写経の会で参加者からお供えされた品々)


ご参拝、ご縁の皆さまには、いつもいつもでなくても結構ですが、時々で良いので、チョコ一箱、ガムひとつでも、お観音さまにお供え下さい。少しずつ、でも、そんなお寺が地域に、全国に広がれば、その力はとても大きなものになるでしょう。


参拝と、供物を供養する功徳が、回向されていくのは、仏さまの心に叶うものでもありましょう。


皆さまの「祈りの心」が困っている人を少しでも「支える力」へと転じていく窓口や機能として働く時、日本のお寺のもつ可能性はまた大きく広がっていくものと思います。また日本のお寺の役割りには、本来そのような機能がセットされていると思いますので、皆さんの祈りや思いが、お互いに支え合う社会的な力へと転換していく大きな循環の仕組みづくりの中で、お寺の存在を見直してほしいと思います。


護摩祈祷

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新春初詣の護摩祈祷の様子です。

少しだけアップいたします。
参拝結縁の皆さまとともに、心ひとつに観音さまに祈りを凝らす護摩祈祷。

燃えあがる火焔を見つめ手を合わせます。


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『とても元気が湧いてきました』

『気持ちが澄んできました』

『伝統の儀式がとても新鮮な体験でした』

『太鼓の音がすごい迫力でした』

『厄払いをしたなぁという気持ちになりました』

参拝の皆様、それぞれいろんな感想があります。

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感じ方はそれぞれでも、観音さまへのお祈りをしている間に、何かご自分の中に湧き上がってくる思いや気持ちと向き合う時間は、とてもいいものですね。


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仏教(宗教)には、いろんな法要があり、いろんな祈り方があります。

ぜひ一度、真言密教の伝統の法要、護摩祈祷にもお参りしてみてください。

おまちしております。




青木さん④.jpg

2017年3月

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