「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」
今日は、チベットの人たちにとっては、とても大切な日です。
半世紀くらい前に、突然、「チベットはもともと中国の領土である」として、中国政府の軍隊が押し寄せてきて、不平等な条約や「人民の解放」を掲げて、それまで長い間守られてきたチベット人の暮らしを力で変えてしまいました。
世界の潮流は民主化であり、実は、「前近代的な制度」を維持していたチベットの人たちも、欧米人や日本人を招いて少しずつ国の制度改革を進めていましたので、共産主義に基づく社会改革に対しても、当初は辛抱強く従っていました。
ダライラマ法王御自身、「共産主義」には耳を傾けるべきものがある、と進んで学んでいたと述懐しています。
でも、自分たちの祖先が大切にしてきた信仰や、暮らし方を否定され、そのシンボルであるダライラマ法王の存在まで軽視された挙句に、その命まで危険になってきた時、人々は、「もう我慢できない」と、自分たちの伝統や精神文化の誇りをかけて、蜂起したのです。
それが、1959年の、3月10日、今日でした。
お香で国際協力!
今日は、ご供養のお線香一本が、世界平和のための香りにもなるというお知らせです。
『名香 四方僧伽』にはふたつの種類があります。
『名香 四方僧伽 仏陀の森』
インド産白檀をベースに、ヒノキのオイルや安息香などを加え、優しく穏やかな香気が特徴です。
約25g(約70本)入り。
『名香 四方僧伽 緑樹の苑』
インドネシア産白檀を主体とし、やや酸味を感じさせる鋭い香気が特徴で、比較的若い世代にも好評です。
約13g(約40本)入り。
お値段は『仏陀の森』が1,050円(税込)、『緑樹の苑』が525円(税込)なり。
このお香の魅力は、その香りの素晴らしさもさることながら、その売り上げが平和や貧困の解消のために活動する人たちの支援になってしまうことでぇす!
その活動をしている人たちは『四方僧伽』というネットワークで、今や日本も加わり、東南アジアから静かに確実にそして広く広く広がっている、仏教の精神に基づいた運動です。
↓チラシを鮮明にごらんになりたい方、どうぞ!
この頃、葬式が続いた。
年齢は90代の方ばかりで、99歳という方もおられた。
明治、大正、昭和、平成。
平坦でない時代は、こんな田舎に住む人たちの人生も、決して平凡なものにはしておかない。
いま、世の中に対していろいろと不平不満の多い私たちてあるが、このお年寄りたちの生き様を知るにつけ、不平不満はほどほどにしなくては、と思う。
「忍」という、いまや価値としては下落している徳において、お年寄りの中には、大変な力を持って生きてきた人がある。
今や少なくなった明治生まれの人たちには、特にそう感じさせられることが多い。
そういう人間的な力を、今はあまり評価しなくなったけれども、その生きてきた物語を聞かせていただくと、「これはもう十分すぎるほどに功徳を積んだねえ」と、私のような若輩の僧侶が引導を渡す必要などないくらいに、尊い魂の修行を果たし終えていると思われる方も多い。
このあたりでは、お葬式になると、ご家族の方がお寺にお願いに来てくださる。
葬儀の打ち合わせをするのであるが、その際に、主に喪主をつとめる方-むすこ・むすめ、時には孫、また時には親であることも・・・-に、亡くなった方のお話を聞かせていただく。
やんちゃな子がいない教室は、静かだ。
きっと、教壇からの先生の声は、教室の壁にこだましていつまでも響くだろう。
先生は、さぞかし、やりやすいだろう。
みんないい子、優しくて、思いやりがあって。
やんちゃな子ばっかりの教室は、どうよ。
きっと、ていうか、私の育った教室もそうだったが、教室の壁にこだまするのは、賑やかな子どもらの声と先生の「チィ」という声。
私の小学校の担任は、怒ると「チィ!」と必ず言った。
毎日、何回も、何十回も、「チィ」と怒り、げん骨を喰らわした。
げん骨は、今なら、新聞ネタだから、今ならあの先生は何回も新聞に載ってとっくに辞職していたかもしれない。
私は、自分を乱暴者だとは思わなかったが、おとなしいタイプでないことは確かだった。
でも、意地悪だとも思わなかった。
ただ、女の子には、あまり好ましく思われていなかったような気がする。
何しろ、先生が百回「チィ!」と怒鳴った場合に、そのうちの30回は私で、次の30回はサトシ君で、残りの40回の中にも、私は含まれていた可能性が高い。
他のクラスの父兄から、後ろ指を指されるほどのクラスだった。
まさに学級崩壊。
しかし、「チィ」という先生に食って掛かってばかりいたけれど、反抗的な態度も、今にして思えばひどいものではあったけれども、結局は、先生の器の中にいたのだと思う。
他のクラスの親が何を言っても、なんだか、お構いなく、好きなようにさせてくれていた。
その時々には、混乱も喧嘩もあったけれど、不思議とまとまりのあるクラスだった。
例えば、喧嘩をどこで止めに入るか、というラインが、他の先生たちと比べたら、かなり遅かった気がする。
喧嘩を未然に防ぐ気はさらさらなくて、少しくらい血を流してもぶつかって、その後、両者が自分たちで和解というか解決していくのを、腹をすえて見ていたように思う。問題を、自分たちで解決する力、これが重要だ。河合隼雄さんが言う「与えない愛情」とか「全力で何もしない」という教育態度がそこにはあった。
記者会見をして、乱暴ものがいる、なんて表明するのは、大人気ないのではないか。
子どもの喧嘩に親がしゃしゃり出ていくのは、やっぱり、情けないのだ。
そういうレベルではない、深刻な暴力なのだろうか。。。。。
ともあれ、よく分からないけれど、私たちの担任は、子どものエネルギーを、大きな度量で発散させてくれていたのかもしれないなあ、チィ、とか言いながら。
乱暴な子は、少しばかり元気なだけかもしれない。
名門中の名門に学びつつ、そんなエネルギーに溢れる子なら、将来は横綱やスノボーのチャンピオンになれるかもしれない。
「乱暴な男児」がいない教室は、静かだが、やはり、どうも、さみしい。
どうしたら、チィ先生のようになれるかなあ。
第一回 チベット問題勉強会のお知らせです。
日時:第1回 2/14(日) 13:30~15:00
場所:もんぜんぷら座 3階
今年の六月、長野の善光寺さんにダライ・ラマ法王をお迎えするに先立って、地元長野ではチベット問題の解決を願う若者たちの呼びかけで、チベット問題の勉強会が開催されます。
この勉強会では、素朴な質問に正しい情報を提供してくれる関連図書をもとに、Q&A方式で、下記のような日本人のだれもが抱く「チベット問題ってなんなの?」という初歩的な疑問に答えつつ、事実や問題の本質を一緒に学んでいける企画となっています。
- チベット問題とは何か?
- なぜダライ・ラマ14世はダラムサラにいるのか?
- なぜチベット人たちは命を懸けて亡命し続けるのか?
- なぜ彼らは自分たちの場所、チベットへ帰れないのか?
- なぜ、チベット支援をするのか?
- チベットにとって、3月10日、という日はどのような意味がある日なのか?
- チベットにあるお寺は現在、どうなっているのか?
- チベットのラサにある世界遺産のポタラ宮殿の入場料はいくらか?
宗教学者の島田裕巳さんが『葬式は、要らない』という本を出版し売れている(と、今朝の新聞広告に書いてある)。
実はまだ読んでいないから感想や書評というわけではない。
以前、島田さんの「戒名」についての本を読み考えさせられることが多かった。
氏はその後も私たち既成の仏教界・寺院に対して、概して手厳しい内容の書物を著しているから、今回もタイトルどおり、また新聞の大きな広告のとおりに、今日の葬送をめぐる寺院や僧侶また葬祭業者や、それらのビジネスに流されている現代人のあり方に対する批判的内容、そして「先進諸外国」との比較による『あるべき葬式』『新しい葬儀のスタイル』の提案であろう。きっと日本のお坊さんが嫌いなんだろうなあ。
そういえば、有名な白洲次郎さんは、「葬式無用、戒名不要」と遺言したという。かっこいい。
でも、遺族と親しい友が集まって酒盛りをしたという。それは、葬式であろう。
でも、彼を評して「風の男」って、それもある種の戒名であろう。
だから、葬式は必要なのだ、戒名も必要なのだ、と威勢よくこの本のタイトルに文句をつけようというわけでは、ない。
ただ、こうした批判の矛先になっている僧侶や寺院、または業者のあり方が、日本全国津々浦々の全部の僧侶や寺院、業者のありようではないと思うのだ。都市型の問題意識が、全国にすっぽり該当するわけではないのに、大手の出版社の広告や記事は、全国に行き届いてしまう。メディアは、あんまり無頓着に都市型の事象や問題意識を流してほしくない。それは「寝た子を起こすな」と言うのではなくて、現代的な観点や価値観にのっとって批判しようとすれば、地方の文化などは、どれもこれも批判できるし、また逆に、「これでいいのだ」と言う肯定がしにくいものなのだ。ことに若い世代は、都市型のモードや論理や価値観に沿っていき易いから、面倒な人間関係や手続きや知識を必要とする地方の伝統的な文化や習俗は、その意義を吟味する猶予もなくまるで「文化大革命」みたいになってしまう。
はっきり申し上げて、私は朝青龍のファンでありました。
身近で接したことがないから、この大横綱には「相撲に対する敬意」がないのか、はたまた「綱をしめるに足る品格」が備わっていないのか知りようがないけれども、テレビで見る限り、この方が土俵に上るとワクワクするわけである(あった、と過去形になってしまったが)。
きっと、こういう私のようなファンは「相撲道のナンタルカを知らない素人」だから、気楽なことを言っていられるのであろう。
多くの朝青龍ファンは、私のような「相撲道のナンタルカを知らない素人」に違いない。
逆に、「相撲道のナンタルカを知っている玄人」にとって、朝青龍と言う横綱は、許しがたい存在なのだろう。
この「ナンタルカ」を、朝青龍という人物は、多年に渡って蔑ろにし続け、玄人ファンのお相撲に対する感情も逆なでしたのだろう。
思うに、お相撲に限らず、日本の文化には、制約の厳しさがある。
長谷観音の開基シラスケさんのお話が落語になった!
聞いてびっくり、笑って納得。
長谷観音のはじめて物語。
長屋の物知り甚兵衛さんとお調子者の熊五郎が、信州長谷観音の昔話で一騒動。 信州長谷観音はいつ、誰が、何のために創ったのか。 シラスケとは何者? 親のために1000本の塔婆を建てたって? 善光寺如来が千日の湯に入ったって? 観音さまのお告げで謎の美女と結婚! 美しい妻をめぐって白助と悪代官の知恵比べ。 最強の力士とヨボヨボ爺さん力士の相撲対決やいかに。 そして、妻との悲しい別れと人肌観音の秘密とは? 美人の女房と5万石のご利益を目指して、熊五郎が一大決心、その結末やいかに。
長谷寺の開基の縁起を伝える「白助物語」(→詳細はこちら)を、昨年落語家桂七福師匠にお願いして落語にしていただいた。その「ふるさと落語『白助物語』がCDになりました!
本日、19時40分から、篠ノ井有線放送で、塩崎小学校の放送委員会の皆さんによる放送劇『白助物語』が放送された。
素晴らしい!
長い間、地元の人たちの間でも忘れらていたこの長谷寺開創の物語が、この平成の世の子供たちによって見事に演じられた。
たまたま、昨年の秋、4年生たちが地元を学ぶ授業の一環で長谷寺を訪ねてくれたので、私は「こんな話があるんだよ」と、白助物語を語ってお聞かせしたことがありました。
それからしばらくすると、放送委員会の先生から電話があって、かくかく云々で、放送劇に仕立てることになりましたよ、という。なんでも、先生は別のお話を台本にしようと考えていたそうであったが、子供たちが「シラスケ物語がいい!」といったというのです。
嬉しいではありませんか。
シラスケのお話の素晴らしさを改めて顕彰したい私としては、こんなに感激することはありません。
しかも、シラスケ役の男の子の見事なシラスケぶり。
他の役柄の皆さんも、みんなとっても上手でした。
練習時間がなかったとのことでしたが、さすがは放送委員の皆様です。
塩崎小学校のみんな、有り難う!



最近のコメント
ALLEZ on 乱暴な男児のいない不安: 同感です! 子供の
長谷寺 on 葬式は、要らない、か?: 雨ニモマケズ様 あ
雨ニモマケズ on 葬式は、要らない、か?: 日本人にとっての葬
長谷寺 on 葬式は、要らない、か?: すみません >白洲
長谷寺 on 葬式は、要らない、か?: 幽黙さま 逝くもの
幽黙 on 葬式は、要らない、か?: 愚生なんかも いわゆ
横田清一 on 松原泰道老師の思い出: 1月19日NHKテレ
長谷寺 on 放送劇『白助物語』: 幽黙さま ありがた
長谷寺 on おっちょこちょい: 幽黙さま 年頭から