住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

お釈迦さまのご生涯

誕生、出家修行、降魔成道、布教伝道、涅槃。

お釈迦さまの八十年のご生涯を大きな出来事を中心にお伝えします。

 

誕生

お釈迦さまは今から二千五百年ほど昔、インドの北部、ヒマラヤ山脈のふもと、ネパールのあたりにあった「釈迦国」の王子として生まれました。

王子としての名を「シッダールタ」と言い、その意味は「すべてを叶えるもの」でありました。

誕生の時、ルンビニーの花園で、にわかに産気づいた母マーヤーさまの右脇より生まれ、直ちに七歩歩いて「天上天下唯我独尊」と唱えられたと伝えられます。

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その時、天からは神々が将来の仏陀の誕生を祝って甘露を注いだと言われ、これが今日のお釈迦さまの誕生を祝う「花まつり」のはじまりとなり、花御堂にまつられる小さな誕生仏に甘茶を注ぐのは、甘露を注いだ天の神々のお話にちなみ、感謝の思いを捧げるものです。

七歩歩いたのは、前世まで一切のなすべき修行をなし終えてきた方が、この世で六道輪廻の苦しみから出る(解脱)することを宣言したものと伝えられます。

 

出家修行

シッダールタ王子は、なに不自由なく育てられましたが、王子を生んでわずか七日で亡くなった生母マーヤーさまのことを思って、幼い頃から生と死について深く思い悩む人であったと伝えられます。

やがて青年となり、文武に優れた王子は美しい妃をめとり、子をもうけます。

しかし生と死の真実をきわめ、輪廻の苦しみから解脱したいとの強い願いを失わず、二十九歳の時に、ついに王子としての位も富もなげうって出家します。

髪をそり、ボロをまとって一人の苦行者となります。

それから六年の間、あらゆる苦行をし、肉体は痩せ細りその姿は骸骨のようになったと伝えられます。

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またシッダールタは、各地の偉大な師を尋ねては瞑想を深めてまいりましたが、どの師の教えにも求める答えはなく、命を削る苦行も解脱への道ではないのでした。

やがて苦行者たちのもとを去り、ひとり瞑想を始めたのです。

 

降魔成道

苦行を離れ瞑想を始めたシッダールタを『堕落した』と非難するものもありましたが、シッダールタは心身を調えて菩提樹の本で全てを成就する深い禅定に入ります。

そして人間の苦しみについて、生と死について、その源へと瞑想とヨーガによる智慧の考察を深めてまいります。

やがて、シッダールタの前に、悪魔マーラーが現れて、快楽や怒りや恐怖をもって邪魔をしてまいりました。

生と死の輪廻を繰り返す苦しみからの解脱への道に、シッダールタが目覚めるのを妨げるためでした。

しかし、シッダールタは、快楽の誘惑も、怒りも恐怖もしりぞけてマーラーを降し、生と死の苦しみを生み出す真実を明らかにし、その苦しみを超え、輪廻から解脱する縁起の理法に目覚め、お悟りを得たのです。

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十二月八日、明けの明星が輝く夜明け、シッダールタは『ブッダ=目覚めた人』となりました。

 

涅槃

三十五歳で悟りを開きブッダとなったお釈迦さまは、目覚めの智慧を人々に説き始めます。

以来、四十五年間、伝道の旅は続きます。

次第に、その解脱への道を求めて多くの人が弟子となり、多くの人が帰依し、多くの人が励まされ、救われました。

やがて、八十歳になったお釈迦さまは、弟子のアーナンダを伴って最後の旅を歩み、途中病となりましたが旅を続け、クシナガラにいたった時、沙羅の林でついに杖を置き、横になりました。

偉大な生涯の最後を迎えたのです。

苦しい息で、弟子たちに法を説き終え、皆に別れを告げると深い瞑想に入られ、そのまま完全なる安らぎである涅槃に入られました。

二月十五日、満月の夜でありました。

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その教えは、弟子たちによって守り伝えられ、やがて国を越え、時を超えて、日本に伝わっているのです。

11/13 参加者募集】おてらおやつクラブ説明会@善光寺のお知らせ

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11/13、長野県で初のおてらおやつクラブ説明会を開催します。

今回の会場には、かの有名な長野・善光寺さまをお借りできることに。日々たくさんの方がお参りに訪れる、全国屈指の大寺院です。

善光寺にまつわる有名な故事に、「牛に引かれて善光寺参り」というものがあります。昔、信仰心がなく心が貧しい老婆がいました。彼女が軒下で布をさらしていると、どこからか牛がやって来てその角に布を引っかけて走り出しました。それを見た老婆は腹を立て、その牛を追っていくうちに善光寺にたどり着き、それがきっかけで度々善光寺に参詣するようになります。そうして信仰の道に入った老婆は最後には極楽往生をとげることができた、という言い伝えが由来になっているそうです。そこから転じて「思いがけないご縁に出会い、良い方向へと導かれること」を意味します。

国内の「子どもの貧困問題」は未だに深刻な状況にあります。「この豊かな日本に、貧困問題なんてあるはずがない」という意見も未だ根強いですが、貧困問題は実は身近なところに存在すると知られにくいという所に、課題解決の難しさがあります。貧困問題解決の糸口として、まずはその存在・実態について「知る」ことが大切です。

信仰とは無縁で、それに気付くきっかけもなかった老婆が善光寺で信心を得たように、この説明会では「子どもの貧困問題」の現状・実態について知っていただく一つの契機になればと考えています。そして、説明会に来てくださった皆さまとの出会い・繋がりが、「子どもの貧困問題」の解決に向け歩みを進める大きな力となりますように。

「牛に引かれて善光寺参り」。11/13には善光寺に集い、それぞれができることを一緒に考えてみませんか?
下に詳細を記しますので、ご関心のある方はお読みいただきぜひお申し込みください。

あなたとのご縁を、心からお待ちしています。

以下、説明会詳細

【日時】
2017
1113日(月)
12:30
~ 開場・受付
13:00
~ 開始

【場所】
善光寺 大本願内「明照殿」地下ホール(http://www.daihongan.or.jp/index.html
長野県長野市元善町500番地

【アクセス】
電車の場合
JR
「長野」駅下車、善光寺口駅前よりバスにて「善光寺大門」下車
*長野駅からは、20分間隔で発車し長野市中心市街地を循環する「ぐるりん号」や、15分間隔で善光寺-長野駅を往復する「びんづる号」も出ています。

お車の場合
上越自動車道「須坂・長野東インターチェンジ」または「長野インターチェンジ」より約30分(http://www.daihongan.or.jp/access/index.html#map02
*善光寺大本願の道路を挟んで南側の駐車場をご利用ください。お帰りの際、駐車券を寺務所にご提示いただければ無料処理してくださいます。
ただし、大門の駐車場におとめの場合は無料処理しかねますので、予めご了承ください。

【対象】
どなたでも参加いただけます
*特にお寺関係者(僧侶・寺族など)、 貧困問題に取り組む団体(NPO・行政など)

【参加費】
無料

【申込み方法】
おてらおやつクラブ事務局まで、必ず事前にメールにてお申し込みください
事務局メールアドレス
mail@otera-oyatsu.club

*下記内容をご記載ください。
・参加者氏名
・参加者所属寺院名(宗派)/所属団体名
・参加人数
*説明会に関するお問い合わせも、上記事務局アドレスにお願いいたします。会場の善光寺大本願さまへのお問い合わせはご遠慮ください。

【内容】
・おてらおやつクラブについて説明
・参加寺院から活動報告
・おやつのおすそわけ(発送)体験
・質疑応答

*都合2時間程度を予定しております。
*時間があれば参加者の皆さまと感想を共有します。
*当日、お菓子や食品その他「おすそわけ」できるものがあればご持参ください。


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仏教芸能が現代に伝えるもの

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仏教芸能が現代に伝えるもの


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信州には『やしょうま』という食べ物があります。お米の粉から作るお団子で、愛らしい花模様にするのは、花の咲かない寒い季節の涅槃会に、少しでもはなやかなお供えをお釈迦さまに差し上げたいという、雪国の人々の心かも知れません。信州の言い伝えでは、ご入滅のお釈迦さまに、ヤショという弟子がお米の団子を差し上げたところ、お釈迦さまは一口召し上がって「ヤショ、うまかったぞよ」と微笑んで亡くなったから、このお供えを「やしょうま」と呼ぶようになったとか。よほど人々に親しまれたのでしょう、やがて涅槃会のことも「やしょうま」と呼びならわすようになりました。

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(画像はJA長野県のウェブサイトより)

この、ほのかに甘いお団子がほしくて、315日の月おくれの「やしょうま」には子供たちがみんな寺に集まり、お堂にかけられた大きな涅槃図を見上げたものでした。涅槃図の絵の中では、臨終のお釈迦さまを囲んで、たくさんの弟子や神さま、それから動物や虫たちが悲しんでいます。子供たちはそんな死の光景を見つめながら何を思ったのでしょう。でも、そんなふうに子どもたちが涅槃図を囲んでいたのは、もう昔のことになってしまいました。いつしか「やしょうま」がほしくて寺に集まる子供たちの姿はなくなり、涅槃会の本堂はとても静なものになり、ただ愛らしい花模様の「やしょうま」がお供えされているばかりでした。

私の妻が絵解きを始めたころは、そんなさみしい「やしょうま」でした。涅槃会のお参りというよりは、お供えの「やしょうま」を懐かしんでポツリポツリとやってくるお年寄りにお茶を出しながら、寒い中をせっかく来ていただいたのだからと、お釈迦さまのお話をしました。まだ生まれたばかりの息子を負ぶって、涅槃図に描かれた物語をとつとつと語りはじめたのです。それが長く途絶えていた我が寺の絵解きの復興であり、妻の絵解きの産声でした。

あれから15年がたちました。人づてに縁が広がり、遠くまで絵解きの旅をすることもあります。絵解きは元来が熊野比丘尼のような名もなき女性宗教家たちによって発展してきた民衆のための芸能です。比丘尼たちは旅をして熊野の神仏との結縁を勧めながら、村々の辻や橋の上で絵解きをしました。現代に絵解きをする妻も、本堂ばかりでなく、公民館やホールなどいろんな場所で、いろんな人々の集まりで絵解きをします。ある時はお寺の法要で、ある時は公民館の文化企画で、ある時は敬老会で、ある時は幼稚園で、ある時は女性たちの集いで、またある時は大切な人を亡くした人たちの集いで絵解きをします。

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そこに集まってくる人たちは、みんないろいろな人生を歩んでいて、性別もお仕事も家庭の事情も大切にしていることも十人十色です。それぞれに喜びや悲しみを抱えています。でも、そんな人たちが、涅槃図の前に肩を寄せ合うように腰を下ろしてお釈迦さまの物語に耳を傾けています。沙羅の樹の間に横たわり、今まさに臨終を迎えているお釈迦さまが、何を語るのかと耳を澄ますのです。

絵解きは、「語り」によって聞き手を物語の世界へといざないます。聞き手は、語りをたよりに、それぞれの心のうちにその世界を思い描いてゆきます。語りの芸と聞き手の想像力とが共に携えあって、遠く2,500年前の沙羅の林へとゆっくりと進んでいくのです。

 

「梢を風が渡ってゆき、かすかな音をたてて沙羅の木の葉を揺らします」

 

そんな絵解きの語りを聴きながら、私たちの目は沙羅の樹の梢を想い見て、その吹く風を肌に感じ、かすかな葉音を想い聴くのです。それらのイメージは聞き手の知識や体験の深層を大地として生えてくる沙羅の樹々であり、いつかどこかで肌に触れた柔らかな風の記憶であり、別れの悲しみのあの日に聞いた葉の揺れる音から想起されてくるのでしょう。それらはみなその人その人の人生の物語が描き出すそれぞれの沙羅の林です。それは客観的な事実として「正しい沙羅の樹」ではないかもしれません。でも、そうやって思い描かれていく世界は、その人その人の人生の物語と地続きになり、そうなるともはや妻の語る言葉は妻のものではなく、お釈迦さまの言葉となって聞き手の人生に語りかけてくるでしょう。絵解きを始めとする仏教芸能とは、その語りの芸をもって、お釈迦さまの物語と私たちの人生の物語をつなぐものなのです。

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絵解きの中にチュンダという鍛冶屋が登場します。彼はお釈迦さまに「最後の食事」を供養したものとして永遠に語られる人間ですが、その食事がもとでお釈迦さまが死の床に就いてしまったために、彼の自責の念、悔恨の情もまた、永遠に人々の胸に迫るものとなりました。チュンダは「ああ、私のせいで大切な大切なお釈迦さまが...」と取り乱し泣き崩れます。そんな憔悴しきったチュンダに向けて、お釈迦さまは語りかけます。

 

「チュンダ、私が死んでいくのはお前のせいではない。私が死んでいくのは、私がこの世に生まれたからである」

 

絵解きがこの場面に差し掛かると、誰かがすすり泣く声が聞こえます。私たちは、深浅の差こそあれ、大切な人との死別に自責の念や悔恨の情を抱くものです。チュンダが「ああ、私のせいで...」と取り乱し泣き崩れるように、この今も先だった人の死に、人生をとらえられている人があります。心のない人に責められ、もう自分は幸福になってはいけないのだと、笑うことさえ自分に禁じている人もあります。そんな自責と悔恨に立ち尽くしている無数のチュンダ。お釈迦さまはこの時、チュンダその人に向けて語りかけつつ、私たち人間の自責と悔恨という深い悲しみそのものに向けて語りかけているかのようです。

チュンダだけではありません。妻が、涅槃図の絵解きの中で取り上げるのは、お釈迦さまの別れを受け入れられずに悲嘆にくれる弟子のアーナンダ、我が子を亡くして半狂乱となっている女性のキサーゴータミー、殺した人の指を首飾りにしている殺人者のアングリマーラ。アーナンダはお釈迦さまに憧れ悟りを目指しながらも、意志の弱さのために迷い続ける誠に情けない弟子。キサーゴータミーは我が子への愛の深さから、すでに死んだ遺体を手放せない母。アングリマーラは己の罪悪の報いである辱めに耐えようとする男。いずれも、その弱さ、傷、悲しみの深さにおいて、現代を生きる私たち自身が抱える弱さや悲しみと深く共鳴する人々です。だからこそ、彼らに向けて語りかけるお釈迦さまの言葉ひとつひとつが、私たちの内なるチュンダ、キサーゴータミー、アングリマーラに届いてくるのでしょう。絵解きは、遥か2,500年前のお釈迦さまの言葉を、今を生きる私たちの心に届けるものなのです。

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思えば、「ヤショ、うまかったぞよ」という言い伝えを信じて「やしょうま」に集まっていた人々の時代から、私たちは遠いところまで来てしまいました。もうそこには帰れないでしょう。でも、妻はその遠いところまで、お釈迦さまの言葉を届けにこれからも旅を続けていくでしょう。絵解きはそんな遠いところに生きている人の心と、お釈迦さまの心とをつなぐものなのですから。

間もなく「やしょうま」の季節。凍てついていた信州にもかすかな春の兆しを感じます。涅槃図の絵解きに耳を澄ませてみませんか。思い描いてみませんか、沙羅双樹の花の色を。ほらお釈迦さまの声が聞こえてまいります。

 

「皆よ、全ての物事はうつりゆく。怠らず、怠らず、努力してゆくのだよ」。

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本稿は大阪應典院の機関紙「サリュvol.8 2014 Sprig」に寄稿したものを一部加筆したものです。

英一蝶の涅槃図

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ボストン美術館に所蔵される江戸時代の一幅の大涅槃図。

修復を終え、日本の東京と美術館での公開に当たり、BSジャパンの「美の巨人たち」で特集されます。

涅槃図は、長谷寺にも江戸時代の大きな涅槃図が伝わり、現在でもその絵解きが行われています。

番組の冒頭で、長谷寺での絵解きの様子が少しだけ写真で紹介されました。

美術品として美しいのはもちろんですが、そこに描かれ、込められたお釈迦さまの教えや、お釈迦さまへの追慕の心を知り、また感じ味わうとき、この一幅の絵画はより強い力で私たちに語りかけ、迫ってまいります。

もっともっと、多くの方に、涅槃図の素晴らしさを知ってほしいと思います。


長谷寺では、お釈迦さまの涅槃図の絵解きをしていますが、古来、涅槃図とともに広く庶民に愛好されたのが『地獄絵』の絵解きです。

人は死んだらどこへ行くのか。。。。

この今も変わらぬ問いに対して、仏教の答えのひとつが、この地獄絵に示されています。

善いことをしたものは善い世界へ。。。。
悪いことをしたものは、悪い世界へ。。。。

悪い世界とはどんなところ?

それが、『地獄』

その地獄って、一体、どんなところ?

京都の龍谷ミュージアムの特別展『地獄絵ワンダーランド』。

※ウェブサイトはこちら!

この秋の京都めぐりは、ぜひ地獄めぐりも(笑)


弘法大師の日

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毎月21日は、弘法大師の縁日「御影供-みえく-」です。

中国で大作の映画も製作され、グローバルな関心を寄せられる弘法大師空海。
※映画『空海‐KU-KAI‐』公式ウェブサイト

真言宗という、日本仏教の一宗派の宗祖というだけではなく、その文学や芸術に発揮された多才多芸な異能ぶりは、僧侶としての活動も、空海その人が思い描き実践したスケールの大きな人生の「一面」に過ぎないようにさえ思われます。

長谷寺には、弘法大師の生涯を伝える絵伝「弘法大師摂化行状図(江戸時代)」が伝えられています。

その一部をご覧ください。

詳しくは、こちらを ↓ (高野山金剛峰寺HP)

弘法大師の誕生と歴史

おてらおやつクラブ

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お地蔵さま

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毎月の24日は、お地蔵さまのご縁日です。

特に8月のこの日は「地蔵盆」といい、関西の方ではお参りが盛んです。

地蔵菩薩は、観音さまやお不動さまと並んで、私たち日本人にとっては、とても身近な仏さまですね。

身近ですが、身近なわりに、そのプロフィールは余り知られていません。

空気のように、風景のように、それほど私たちの暮らしのそばにいる。

お地蔵さまは、そんな仏さまなのでしょう。

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近づく三十三燈籠

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毎年八月九日の夜、
観音千日参りの縁日に献灯される「三十三燈籠」。
祭の最後に、
捧げられた大燈籠を引き倒して石段を駆け下りていく。
この引き倒しの時、提灯を拾うと
その家は無病息災と伝えられます。



東京盆

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717日 晴れ

ひさしぶりの更新です。


こうしてお寺のブログを書いていますと、時々「読んでいますよ」とのお声をいただき嬉しくなることがあります。

が、そんなお声は、よりによってというか、不思議とブログの更新が滞っているタイミングで耳にするのです。。。

怠けているわけではないのですが、バタバタしていると「書く」という気持ちが湧いてこないのでしょうか。

忙中に閑あり、と古人の言葉通り、心に余裕がほしいものですね。

 

先日は東京のお盆の時期に合わせて、東京や埼玉にお住まいの檀家さんのお宅にご先祖のご供養のおまいりに行ってまいりました。

故郷を離れて東京に住まいを構え、家庭を築き、子が生まれ育ち、今では孫、ひ孫の代へと時は流れ、そんな暮らしの中に、年に一度、田舎から菩提寺の住職が「こんにちは」とやってくる。

 

田舎の住職を迎えるとき、どんなお気持ちなのかな、と、思います。


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お盆というのは、先祖を迎えるわけです。

先祖が、帰ってくる。

考えてみると、その目には見えない、魂を迎える時、そういう存在をお迎えしようという気持ちそれ自体もまた日頃は忘れているわけですから、やはり帰ってくる、といえますね。

お盆には、先祖を迎える気持ちが帰ってくる。

普段あまり意識しないけれど、やはり、祖先の霊を大切にしたり敬ったりする気持ちというのは、日常的には「遠く」に行ってしまっていますよね。忘れている、わけです。

それが、帰ってくる。

気持ちが帰ってくると、なにか、風景も違って見えてくる。

見慣れていたはずの景色の中に、普段は感じなかった一本の木の存在に気がついたり、近所の人の暮らしに親近感が湧いたり、身近な人に「ありがとう」と言いたくなったりする。

先祖と一緒に、自分の中の、優しさや感謝のような気持ちも帰ってくる。

不思議なものですね。

皆さんも、先祖をお迎えすると、なにか自分の気持ちも中にも帰ってくるような、蘇ってくるようなものや感情があるのではないですか?

お坊さんの、仕事というのはいろいろあるわけですが、先祖をお迎えして供養するお手伝いをしながら、「帰ってきたのはご先祖さんだけですか?」と、お尋ねすることもそのひとつかな、とそんなことを考えた東京盆でした。

(住職記)

法の雨

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 暑い日が続いています。  
 
 信州さらしなの辺りは雨らしい雨もなく、日照りです。  

 総代さんと話していたら、畑の井戸が枯れたそうです。  

 爽やかな新緑の青空は本当に美しいです。  

 気持ちも晴れ晴れとしてまいります。

  DSC_2017.JPG  でも、こんなに晴ればかりになると、さすがに不安なりますね。  

 法雨、という言葉があります。  

 仏さま、観音さまの法(のり)の雨、慈しみの雨。  

 観音経にはこんな経文もあります。  


 澍甘露法雨 滅除煩悩焔   

 観音さまの慈悲は甘露の法雨となって雨ふりそぞき   

 私たちの燃え盛る煩悩の火焔を滅して除いてしまう  



 お経が、これほどに観音さまの慈悲を雨の喩えをもって示すほど  

 私たちの祖先は干天を恐れ  

 乾くということがもたらす悲惨さを知っていたのでしょう。  

 長谷観音には江戸時代の初めからとも、  

 もっともっと遥か昔からとも伝えられる  

 雨乞いの祭りが伝承され  

 地域の皆さんとともに守り伝えています。  

 今は、心から観音さまに文字通り風雨順次とお祈りしましょう。  

 大地の渇きを潤したまえ。  

 南無観世音菩薩    

イエス=キリストの愛

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上田市の短大で数年前から宗教についてのお話をさせていただいています。

 お釈迦さまのお話をしたり、お経の言葉を取り上げて考えてもらったりします。

 今日は、キリスト教について、少しお話をしました。

 といっても、神父さんのようにしっかりと聖書のお話が出来るわけではありません。

 だから、一般によく知られているイエスの言葉を取り上げて、一緒に考えます。

 「人はパンのみによって生きるにあらず」

 「あなたの敵を愛しなさい」

 そんな言葉です。

 「敵を愛するなんて、凄い!普通じゃない」と、学生さんが言います。

 確かに、本当に凄い。普通じゃない。

 しかしふと思い当たる。観音経にも同じようなことが書いてある。

 「恐ろしい戦いの中にあっても 観音の力を念ずれば 諸々の怨みは消えていく」

 それは、敵対関係、という関係性、敵か味方か、あるいは勝つか負けるか、あるいは奪い奪われ。

 そのような敵対的な自他の関係性を、イエスは愛によって、観音さまは「慈悲」によって変えてしまう。

 興味深いのは、イエス=キリストが愛を説き、観音さまが信仰されるようになった時期だ。

 いずれも2000年前頃という説がある。

 洋の東西で、同時期に、人間の関係性を愛・慈悲によって変えようとする宗教運動があったということ。

 2000年前、何かがシンクロして、人類の中に意識化された。

 と、そんなようなことを、学生さんとお話しながら、思った。

 
 

    

静かに座るひと時を

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430日 晴れ 気持ちのよい新緑の日

 

4月はやはりバタバタとしていて、この「住職日記」もなかなか更新できません。よく「忙しいという字は、『心』が『亡ぶ』と書く」といわれますが、何やかにやと寺のことや諸々と頂いているお役目の会議などをしているうちに、あっという間に月末です。なんだか、「心ここにあらず」で、こんなふうに日々が過ぎていくのが少し怖いですね。

皆さんは、この4月をいかがお過ごしでしたか?

私は、坊さんの修行としてはもちろんですが、こういう落ち着かないときには、心のメンテナンスのつもりで、夜のひと時座るようにしています。

座る、そう、座禅、瞑想、ですね。

もっとも、こんなときは、心身のリラックスも願うところなので、本格的に実修するというより、呼吸法を中心に「静かに座る」という感じですね。

ですから、部屋の明かりをほの暗くして、お香を焚き、静かな音楽も流します。私のお気に入りは、リラクゼーションやメディテーション用に作曲されているものですが、夜のひと時の静座の間、『ここに在らずの心』が戻ってくるような、そんな気持ちがします。


みなさんも、夜眠る前などに、5分だけでも、心身をほどいて、静かに座るお時間を持ってみてはいかがですか?

 

深い呼吸と静座。

何も足さない、何も引かない。

そんなCMが昔ありましたね。

焦りやイライラ、忙しいと、そんな気持ちがたまってきます。

そんなマイナスの気持ちだけではなくて、穏やかで柔らかな気持ちも、自分の中に持っていたいですね。

眠る前、一日の体の疲れをとるときに、深い呼吸と静座で、イライラや心配だけで眠る夜とは違う、少しやさしい眠りが訪れるかもしれません。

 

今夜から、そんなお時間をお持ちになってはいかがですか。

 

住職より

合掌

観音の大悲の桜咲きにけり

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4月16日 晴れ 桜満開ちょっと前 

長谷寺の桜もいよいよ見頃を迎えています。

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18日の春まつりは雨の予報ですが、きっと一週間くらいは楽しませてくれると思いますので、お出かけ下さい。

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観音の大悲の桜咲きにけり      子規

 

正岡子規の句です。

観音さまの寺の桜が咲いたよ、ということですが、「大悲」という言葉があることで、この句はとても味わい深くなりますね。

大悲とは、観音さまの心「大いなる思いやり」ということで、さかのぼれば「一緒に泣く」「共に震える」という意味があるそうです。この一緒に悲しむという心が、観音さまの『本心』でありその救いの力の働きそのものなのですね。

仏教では、この「悲」という働きが、他者の悲しみを癒し、傷ついた心を再生させると考えます。とりわけ大切なのは、悲しんでいる人本人が、その同悲の実践によって自ら立ち直っていくと考えるところです。誰かの思いやりを受けるだけでなく、他者への思いやりの発動こそが、自身の悲しみを癒していくのですね。

そんなことを踏まえて子規の句を読み直してみましょう。

子規の悲しみを桜の花が慰める時、子規は、そこに大悲つまり観音さまの働きを感じていたのではないでしょうか。観音さまは、その姿を無限に変化させて人々を救ってくださいますが、誰かがあるいは何かが私を癒し慰める時、その癒しの場には観音さまがお出でになるのだと思います。桜を見上げて慰められている子規の前に、桜という観音さまが現れているのです。

長谷寺には、たくさんの桜はありませんが、一本一本に観音さまの働きがやどり、皆さまをお待ちしております。

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住職より

合掌

410日 晴れ 気持ちの良い日

第2回 ながのご縁を 長谷寺でご縁を

昨年初めて開催されてとっても好評だった「長野ご縁を 長谷寺でご縁」が、また開催されることになりました!

真剣に人生のパートナーとの出会いを求め、ご結婚を考えている善男善女の皆様。長谷のお観音さまは、古来「良縁成就」の縁結びのご利益もあらたかな観音さまです。


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 チラシ表


また、運営スタッフがおもてなしの心で皆さまをお迎えし、お寺ならではの空間と、お祈り体験(護摩祈祷)などで、皆さまの大切な出会いの時間を応援、お手伝いさせて頂きます。

先ずは、こちらの専用サイトをチェック!

第2回 ながのご縁を~長谷寺でご縁を


お申し込みもそちらからとなっておりますので、ぜひどうぞ!


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チラシ裏

住職より

 

※4/10 13時現在で男性・女性ともに定員になりました。

合掌

(住職記)

 

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