住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

2008年3月アーカイブ

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3月の終わり、七十二候なら「雷乃発声」ということで、いよいよ温かくなってくる季節なのに、今朝は雪が降っている。

信州はまだこんな日がある。

温暖化が不安視されて、国も地方自治体も温暖化防止のための行政を推進しているが、こんな日があると、本当だろうかと単純に思ってしまう。実際、地球上には、かつて今より暖かい時期もあり、二酸化炭素が現在より高濃度の時期もあったというけれど、それによって生命が大打撃を受けたことはないという調査もあるらしい。

温暖化については、グローバルな問題ではなく、限られた都市部によるローカルな問題として対応していったほうがよいのではないだろうか。

少なくとも、信州では、そう思うことが多い。雪は確かに少なくなったとは思うけれども。

環境に関心を持つようになるのは善いことに違いないが、善いことに違いないことというのは、批判しにくくなる傾向がある。ことに、その「善いこと」が温暖化とか、ダイオキシンとか、ブラックバスとか、目に見えない恐怖に対するものであるときは、注意したほうが良い。

しんしんと降る春の雪を見て、朝からそんなことを考えている。

私は平成3年に総本山のお坊さん養成所である『智山専修学院』に入学しました。1年間の僧堂生活です。ここでは、僧侶としての基礎的な作法や学問を集中的に学びます。学ぶといっても、知的な理解を進めるというよりは、「身につける」という言葉が相応しく、やはり伝統的な教育機関らしく、習うより慣れろという傾向が多く、何事も説明や解説ははるか後方に配されるか当人任せで、「型」より入る稽古スタイルが多いと思います。「千遍読めば意自ずから通ず」の世界があります。

今年は秩父の三十四観音さまがいっせいに御開帳である。

そこで長谷寺でも檀信徒さまや地域の方を募ってバス巡拝をすることを企画し、昨日がその第1回目であった。

今回は、地域の方の他にも、話を聞き付けて戸隠から参加して下さった人や、もう長いこと長谷寺のお観音さまをご信心されている京都の信者さんや、また私の友人である若き仏師のY君は名古屋から参加してくれた。長谷寺の写経の会の方も多く、私自身も久しぶりの秩父路を楽しみに参加した。

開帳の期間が、今月18日から7月の18日まででということもあり、始まったばかりのせいか土日でもないのに凄い人出であった。一番の札所は、本堂前がごった返して、なんだかバーゲンの開店前のような熱気を感じた。

日帰りを4~5回で満願しようというのであるから、1回平均で7ヶ寺位をお参りしなくてはならない。しかし、交通事情や寺の配置をあれこれ考えると、1回目にたくさん巡拝して稼がなくてはならない。そんな思惑の結果、初日の昨日は11もの寺を回ることになり、かなりグロッキーになった。

小さなお寺が多い秩父の札所めぐりではあるが、歴史はそれぞれに深くまた巡礼を迎えてきた札所としての気配、祈りの道としての風格がある。その風格は、偉そうでないのがいい。その温かみが、現代人には温泉のようなリラクゼーションを与えてくれる。

次回は来月、若葉の季節。

太古の人たちの宗教について分かっていることは少ないのだと思うが、長谷寺のある土地も、仏教寺院となる遥か以前から何らかの聖地とされていたのだとおもう。

そう考える理由はいくつかあるのであるが、そのひとつが彼岸の日の出だ。

P1010877.JPG

長谷寺は東向きに建立されているが、彼岸の日のでは、まさに真正面から顔を出す。

以下は、私のパソコンの奥の奥に、ある事情によって秘蔵されていた幻の原稿である。

昔の話が中心であるが、本日たまたまこの関係者から懐かしい電話があったので、ここに後悔して、いや公開して、電話の「教え子」への御礼に代えさせていただきましょう。

 

◆お坊さん学校

 

 私は今、京都のある大きなお寺の「お坊さん学校」で、平均年齢が二十七歳弱の若者二十八名が暮らす寮で生徒監という仕事をしている。生徒監とは、この若者達の生活指導というのが主たる任務で、それに並行して基本的な作法やお経の唱え方の勉強を手伝ったりするのである。我々は、彼らを「お坊さんタマゴ」と呼んでいるが、お坊さんタマゴは性格も学歴も職歴も思想も価値観もまちまちである。意外かもしれないが、尼僧もいるので我が校は「男女共学」なのである。

 このお坊さん学校は仏道修行の道場である。が、滝に打たれたり断食をしたりすることはない。そういうことに意義を認めないのではなく、そんなことをすると坊さんになる人がいなくなってしまうのだろう。朝早くからお経を読んだりお掃除をしたりする基本的な日課の様子は、いかにも修行僧らしい姿だが、月曜から土曜日まで午前と午後にそれぞれ授業があり、仏教概論とか仏教史とか声明という伝統的な仏教音楽の唱え方を習う授業や、専門的な作法を学ぶ授業などのカリキュラムが編まれていて、そういう姿は普通の専門学校と一緒である。ただし、日曜日は一日中境内の掃除なので、休みが無いところは専門学校と大きく違っている。

今一度、お釈迦さまの「いのり」を今私たちもいのりたいと思います。

一切の生きとし生けるものは、

幸福であれ、

安穏であれ、

安楽であれ。

いかなる生物生類であっても、

怯えているものでも強剛なものでも、

悉く、

長いものでも、

大きなものでも、

中くらいのものでも、

短いものでも、

微細なものでも、

粗大なものでも、

目に見えるものでも、

見えないものでも、

遠くに住むものでも、

近くに住むものでも、

すでに生まれたものでも、

これから生まれようと欲するものでも、

一切の生きとし生けるものは、

幸せであれ。

http://www.tibethouse.jp/news_release/2008/080319_release.html

長谷寺の「寺便り」の名前は『ポタラ』といいます。

ポタラとは、観音さまの住まい、観音さまの世界、観音浄土、という意味になりますが、

チベット人の心のよりどころであるダライ・ラマの住まいも「ポタラ宮殿」と言います。

なぜなら、ダライ・ラマは観世音菩薩の化身であり、その転生者なのです。

そのダライ・ラマは現在チベットにすむことが出来なくなり、国外に亡命していますが、

その事情は申すまでもないでしょう。

その惨憺たる事情は、チベット人の多くが味わっているものでもありますが、

にもかかわらず、ダライ・ラマは平和的解決、非暴力による解決の道を模索し続けています。

それは、ダライ・ラマ自身が、

「憎悪の連鎖を断て」

というお釈迦さまの教えを生きているからに他なりません。

私たち日本人も、観世音菩薩を深く信仰し、

観世音菩薩の精神を深く内面化する文化を育んでまいりました。

観世音菩薩の化身たるダライ・ラマを戴くチベット人と、

観世音菩薩の心において、

私たち日本人は兄妹であり姉妹であるといえましょう。

今、その兄妹が、苦しんでいます。

姉妹が泣いています。

兄妹として、姉妹として、少なくとも、無関心であってはなりません。

同悲同苦という観世音菩薩の大悲心において、

チベットの人々の悲しみを共に悲しみ、

共に平和的な解決の一日も早い成就を祈りたいと思います。

http://www.tibethouse.jp/news_release/2008/080319_release.html

↑ ダライ・ラマ法王日本代表部事務所からのアピール/日本の皆さまへ↑

 

先日、母の一周忌の法事が営まれた。

時の経過を早いと感じたり遅いと感じたり、人間は時計の針の運行のようにはいかない心の流れを持っている。

わけても日本語の『とき』という言葉には、解く、溶く、融ける、ほどけるなどと通じる語源があるそうだから、何か固いものが融け出したり、固く絡まった糸がほどけたりするような、状態の変容を認めたときに初めて時が経ったと感じ取る面があるのであろう。

その意味で、母の死から一年間時計の針を運行を続けたのだが、僕の中で『時が経った』とうなずくことが出来るだろうか。

 

この一年で、母の夢を3回みた。もっと見ているのであろうが、目が覚めても記憶に残っているものは3回で、そのうち1度は声だけであった。電話で話をしたのである。

 

裏山石仏.JPGのサムネール画像
 

一切の生きとし生けるものは、

幸福であれ、

安穏であれ、

安楽であれ。

いかなる生物生類であっても、

怯えているものでも強剛なものでも、

悉く、

長いものでも、

大きなものでも、

中くらいのものでも、

短いものでも、

微細なものでも、

粗大なものでも、

目に見えるものでも、

見えないものでも、

遠くに住むものでも、

近くに住むものでも、

すでに生まれたものでも、

これから生まれようと欲するものでも、

一切の生きとし生けるものは、

幸せであれ。

佛垂般涅槃略説教誡経は、略して仏遺教経とか、単に遺教経と呼ばれるお経。

ブッダは、いよいよ入滅を前にした時、弟子たちに「最期の法」を説きますが、そのときの様子と教えを示しています。

私が修行いたしました総本山智積院では、ブッダが入滅した2月15日の常楽会の前日、14日の夕刻にこれを唱えます。その内容はとてもシンプルで、弟子たちには基本的な日常の心構えのようなことを優しく説くばかりです。ですが、「その時」が刻々と迫っている緊迫感の中で語られる言葉ですから、弟子たちは一語も聞き漏らすまいという思いで耳と心を傾け、ブッダもまたそんな弟子たちの心を察してか、「何々することなかれ」と厳しい内容を語ってはいるものの、弟子たちに対する温かい想いに溢れています。

あの明恵上人が、経蔵の中でこの経典を見つけた時には感激のあまり嗚咽したといいます。上人はブッダが大好きで、仏教を求めたというよりは、ブッダその人への強烈な憧れを終生抱き続けた人と言われ、ご自分でも「自分は天竺に生まれていたら修行などしないでお釈迦さまの遺跡を巡礼するだけだったろう」と仰ったそうです。また、ある時は天竺渡航を企てて二度ほど実行に移しかけますが、「不思議なこと」がいろいろとあって断念します。船で中国まで行くと何日、そこから天竺までの距離を調べ、一日の歩行距離から計算しておよそ何年で到達するか具体的な計画を立ててもいます。

沙羅の林。お釈迦さまは、ご入滅を前に静かに横になっている。弟子たちが枕辺に控えていた。

いよいよお別れの時期が近づいていることは誰の目にも明らかだ。

弟子たちには沈痛で重苦しい時が続いていた。

そんなある時、お釈迦さまは何か食べたいと侍者のアーナンダに言う。

すると、弟子の一人ヤショは、蒸した米粉で団子を作りお釈迦さまに供養した。

「ヤショ、うまかったぞよ」

 

やがて間もなく、2月15日(3月15日)にお釈迦さまはご入滅されました。

最後にお召し上がりになった食べ物として、弟子のヤショが供養したお団子は涅槃の日に供えられるようになりました。やがて信州では、その涅槃会の日そのものも『やしょうま』と呼び習わすようになったそうです。

年配の方にお聞きしたところでは、やしょうまの日になると、かつての子どもたちは、このやしょうまが食べたくて地域の寺々を全部めぐり歩いたそうです。やしょうまは「金太郎飴」のように、お団子に花柄などの美しい模様も添えます。そして少しだけ貴重なお砂糖なども混ぜられたので、子どもたちには美味しくて、競って寺から寺へと駆け回ったといいます。お年寄りに聞くと、やしょうまは美味しかったからたらふく頬張ったのは覚えているが、「はて、お寺で何か行事があったか、涅槃図なんて大そうな掛け軸が掛かっていたかどうか、全く覚えていないなあ」と、ほとんどの方が口をそろえて仰います。

時折手にする本の中にフランツ・メトカルフという宗教学者の『今、ブッダならどうする』という本がある。

日本の禅、主に道元禅師を学んだ人らしく、ブッダの言葉とともに禅の言葉もたくさん紹介されているが、いわゆる『仏教名言集』みたいな本と違うのは、ユーモアがあるところだ。

様々な問題に直面した場合に『ブッダならどうする』ということで、いろいろな経典などから仏教の言葉を提出してくる。

例えばこんなふうだ。

福笑い 

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子どもと福笑いをした。

夕食の後、ゲームとブロックの禁止処分が解かれていない兄妹は「遊ぼうアソボウ」と言ってくる。

 ゲームをやらせておくほうが楽だな、と思いつつ、そういう親の「ホンネ」につけ込むのがゲームビジネスだと思ったり、それは家族を孤立化させるぞ、などとあれこれ考えながら、遊んだ。

最初、折込広告やカレンダーの裏に一緒に絵を描いていたが、ふと思いついて福笑いをすることに。

これが、案外と面白い。

萌し

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200803071630000.jpg
まだ雪の残っている信州ですが、最近は光が違いますね。

昨日は保育園に娘を迎えに行くと、園庭のチューリップの花壇に「萌し」が、、。

 

少し暖かい陽が射しても、まだ土は固いのに、ちゃんと出てくるんですねえ。

 

200803071628000.jpg

でも、肝心の娘はいつまでたっても教室から出てきません。どうしたのかと思ってのぞいてみると、、、。

昨日は、長野の映像制作会社であるコンテンツながのさんに行ってきた。間もなく完成する予定の「信濃三十三観音」のDVDの仕上がり具合を、札所の事務方として見に行ったわけである。

 

 

 

長谷寺では恒例の釈迦涅槃図のお絵解きをいたします。

皆さまのご参集をお待ちしております。

3月15日はお釈迦さまがお亡くなりになった(入滅された)日。

沙羅双樹の間に身を横たえ、諸仏や神々、弟子や友人や動物たちに囲まれて、

最期の法を説きます。

沙羅の樹には時ならぬ花が咲き、天からは妙なる音楽が聞こえてきました。

お釈迦さまのご誕生から、青年時代の修行や、多くの人々との出会いと別れ。

真理を求め、人々とともに、悩み、喜び、歩んだ80年のご生涯。

たった一枚の画から紡ぎだされる大いなる魂の旅路。

耳を澄まし、心を遠く2500年前に羽ばたかせて、お釈迦さまに会いに行きましょう。

 

涅槃図1.jpgのサムネール画像

お絵解き「釈迦涅槃図」

-お釈迦さまのご生涯-

日時 3月15日  

  ①午前10時より 

  ②午後2時より

場所 長谷寺庫裏

口演 岡澤恭子

      (住職夫人)

会費・入場料などは不要です。どなたでもご参加できます。

お寺の庫裏にはストーブがありますが、まだまだとっても寒いです。温かいお支度でお越しください。信州ではこの日を「やしょうま」といいますね。手作りの「やしょうま」のお供え持ち寄りも大歓迎です。

お子さま連れのご家族の方、子どもたちの「干支」の動物もお釈迦さまの画の中にいるから、一緒にお参りして自分の干支の動物たちがどんな姿かじっくりお参りしてくださいね。

皆さまのお参りを心よりお待ちしております。長谷寺 住職合掌

 

 

 

 

昨日、3月3日は、私の結婚記念日である。平成8年だった。12年の歳月が流れたのだ。

昨日現在で4,384日=105,216時間=6,312,960分=378,777,600秒を過ぎたところである。

今時の結婚難の世相において、かくも長い時間を、私のような出不精で退屈な人間と一緒に過ごすばかりでなく、今時の自由な世相において、かくも不自由の多いお寺に嫁いでくれる女性と巡り会えたことは、少なくとも私にとっては僥倖であった(と思いたい)。できれば、妻が後悔していないようにと願っているが、その可能性は低い。

お坊さんの一般的なお仕事といえば、葬式法事。いろいろと見方や考え方によって、それについての是非はあると思うけれども、現在のところそれが一般的だし、多くの人も「そんなものだ」と思っているであろう。

長谷寺においても、それは大事な勤めだ。

電話がかかってくる(中にはわざわざ寺に出向いて申し込みをされる丁寧な方も少なくない)。

「おっしゃん、うちのばやんの三回忌するだが、おっしゃんの都合はどうだいや?」

「ご希望の日はあります?」

「そりゃあ、土日がいいなあ、若いもんちはみんな勤めいってるからなあ」

なんてやり取りがあって次第に日取りを決めていく。時々、日程も決定して親戚縁者に知らせてしまった後で「しまった、住職の都合を聞いてなかった」ということだってある。しかも、そんな時に限って普段は暇なお寺に用事が入っていたりする。が、長谷寺は、現在住職のほかに、先代住職が「長老」として控えているから、そんな時はお出まし願って事なきを得る。

そんなふうにして、檀家さんの法事というのに、お坊さんとして出向くことは慣れっこだが、自分のことになると勝手が違ってくる。間もなく、母親の一周忌なのだ。

「いいかオカザワ、陸上競技っちゅうのはなあ、高度なチームプレーなんだ」

僕は高校時代の3年間、陸上競技部に所属した。僕が入学した頃の陸上部は小規模で、どちらかといえば弱小な部で、県内はもとより市内にあっても格別注目を集めるような部ではなかった。それが、卒業の時点では、長野県内では屈指のアスリート集団になっており、男子の中長距離や男女投擲種目などにおいては、インターハイや国体で優勝や入賞をする選手を輩出し、全国クラスとまでは行かなくても、僕のように北信越や県内では入賞ラインに届く選手が続出するチームに大変貌した。それが、篠ノ井高校陸上部であり、その弱小部を最強アスリートチームへと短期間で覚醒させたのが、この春をもって退職することになった中澤次生先生である。彼の教え子の一人で、修行者のように黙々とトレーニングを重ねてハンマー投げで全国トップ3まで駆け上がったスギムラシゲミ君と、同じく幅跳びでトレーニング中にインターハイ入賞ラインをバンバン跳びながら怪我に泣いた「コーマン」ことタキザワコーイチ君の誕生日である3月1日の夜、メルパルク長野でその退職祝賀会が開催された。

陸上はな、高度なチームプレーなんだ・・・。まるでバラバラだった僕らの心を束ねるために、就任した当時の中澤先生は、その言葉を時には熱く、時には熱烈に、時には激昂し、時にはぶん殴りながら、時には蹴飛ばしながら、そして時には部員が誰もいなくなったトラックに一人残って小石を拾い集めながら、口にし続けた。

その言葉が、教え子の心にどう響いていたのか、たぶん先生だって心のどこかで案ずることもあったであろう。しかし、至らぬ教え子たちは先生の新たな門出を祝すために、発起人の声を応じて各地から100人もが詰め掛けることで、ちゃんと高度なチームプレーで応えたのである。

2008年9月

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