住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

母の一周忌を前に届いたお供え いかなご

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お坊さんの一般的なお仕事といえば、葬式法事。いろいろと見方や考え方によって、それについての是非はあると思うけれども、現在のところそれが一般的だし、多くの人も「そんなものだ」と思っているであろう。

長谷寺においても、それは大事な勤めだ。

電話がかかってくる(中にはわざわざ寺に出向いて申し込みをされる丁寧な方も少なくない)。

「おっしゃん、うちのばやんの三回忌するだが、おっしゃんの都合はどうだいや?」

「ご希望の日はあります?」

「そりゃあ、土日がいいなあ、若いもんちはみんな勤めいってるからなあ」

なんてやり取りがあって次第に日取りを決めていく。時々、日程も決定して親戚縁者に知らせてしまった後で「しまった、住職の都合を聞いてなかった」ということだってある。しかも、そんな時に限って普段は暇なお寺に用事が入っていたりする。が、長谷寺は、現在住職のほかに、先代住職が「長老」として控えているから、そんな時はお出まし願って事なきを得る。

そんなふうにして、檀家さんの法事というのに、お坊さんとして出向くことは慣れっこだが、自分のことになると勝手が違ってくる。間もなく、母親の一周忌なのだ。

母の兄弟姉妹や親戚、そしてお寺の関係寺院が多いからそちらにもご案内を出す。そして出欠を確認しながら、遠方からの人のために宿を考えたり、法要の後の食事会場との打ち合わせもある。

今回は、長老がせっせと進めているが、こうした段取りというのはなかなか大変なことだ。したがって、住職としてお呼ばれするのは日常的なこととして慣れてしまうが、迎えてくださる檀家さんにとっては非日常であって段取りには相応の苦心があるはずだ。そのあたりは承知しているつもりでも、自分のことをしてみないと、なかなかどうして、頭で分かっていても「慣れ」は初心を麻痺させるものである。

ともあれ、そうやって間もなく母の一周忌だなあと、法事の支度をすすめながらも一年前にはまだこの世に在った母の面影を偲んでいると、宅配の品が届いた。友人の幽黙さんからだった。ここ数年直接お会いすることがなくなってしまったが、手紙やメールでのやり取りは頻繁だ。でも、どうしてこんな時期?また何を送ってきたのかな?などといぶかしみつつ包みを開く。

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すると、そこには「いかなご」が入っていた。

特別の便りもないのであったが、ピンと来るものがあった。

それは私がいかなごを大好物としているということもさることながら、もう何年も前、彼が初めて長谷寺を訪ねてくださった時に、お土産に持参してくれたのがいかなごだった。

そして、それを亡き母がたいそう嬉しがったのである。

ああ、これは一周忌を控えて、母に供えてくださったのだ、と感じたのだった。

なんとも温かい気持ちになった。

女房はさっそく仏壇に供え、その夜の食卓には息子と娘に「おばあちゃんは、このいかなごが大好きだったのよ」と話してくれていた。そして「それを覚えていてくれて、お父さんのお友達がわざわざ贈ってくれたのよ。やさしいね」と話していた。

亡き人の好物を供え、好物を食卓に並べると、亡き人もまた一緒にいて食べているような気持ちになってくる。幽黙さんが届けてくれたのは、いかなごという食べ物であった。それだけでも美味しくて食卓は十分に豊かになるのだが、ひとつの味わいが亡き母や祖母の思い出に通じていくことになって、ひと味もふた味も豊かさにおいて深まった食卓となった。まさしく、味のあるお供えであり、贈り物であって、豊かな時間を贈って下さったのである。有り難うございました。

 

さて、僕は、友人にそんな心のこもった贈り物をすることが出来るであろうか。

そしてまた、法事というのも、単なる習慣としてではなく、今は亡き人と残された僕らが心を通わせるものでありたい。

 

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