住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

やしょうま(涅槃会)を数日後に控えて

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沙羅の林。お釈迦さまは、ご入滅を前に静かに横になっている。弟子たちが枕辺に控えていた。

いよいよお別れの時期が近づいていることは誰の目にも明らかだ。

弟子たちには沈痛で重苦しい時が続いていた。

そんなある時、お釈迦さまは何か食べたいと侍者のアーナンダに言う。

すると、弟子の一人ヤショは、蒸した米粉で団子を作りお釈迦さまに供養した。

「ヤショ、うまかったぞよ」

 

やがて間もなく、2月15日(3月15日)にお釈迦さまはご入滅されました。

最後にお召し上がりになった食べ物として、弟子のヤショが供養したお団子は涅槃の日に供えられるようになりました。やがて信州では、その涅槃会の日そのものも『やしょうま』と呼び習わすようになったそうです。

年配の方にお聞きしたところでは、やしょうまの日になると、かつての子どもたちは、このやしょうまが食べたくて地域の寺々を全部めぐり歩いたそうです。やしょうまは「金太郎飴」のように、お団子に花柄などの美しい模様も添えます。そして少しだけ貴重なお砂糖なども混ぜられたので、子どもたちには美味しくて、競って寺から寺へと駆け回ったといいます。お年寄りに聞くと、やしょうまは美味しかったからたらふく頬張ったのは覚えているが、「はて、お寺で何か行事があったか、涅槃図なんて大そうな掛け軸が掛かっていたかどうか、全く覚えていないなあ」と、ほとんどの方が口をそろえて仰います。

とはいえ、お釈迦さまの『最後の日』に、その供え物目当てに地域の子どもたちが群がって寺に集うのは、とても素晴らしいことではないでしょうか。その日のいわれや趣旨は二の次でも、友達と誘い合い競い合って村を駆けて寺へ行く。そしてワイワイと順番待ちして「やしょうま」を手にする前に、大人(または寺の人)たちから「今日はお釈迦さまの命日だぞ、よい子にしとらんとやしょうまやらんぞ」などと言われながら次第にその日の何たるかを知っていく。

むしゃむしゃとやしょうまを頬張りながら、お堂に掛かっている涅槃図を見上げる。

 

涅槃図1.jpgのサムネール画像
誰かが「あの真ん中で寝てる大きな人がお釈迦さまだってよ」というだろう。

「ここで泣いてるのがお弟子さんなんだってさ」と誰かが応じる。

「みんな泣いてるよ」

「ほら、これが象なんだって、こっちは獅子だ」

「仁王さんも泣いてるわ」

「お釈迦さんて、きっと偉い人だったんだろうね」

むしゃむしゃむしゃ。

 

やしよ馬引て小僧も寝釈迦哉 一茶

 

私も考える。

間もなく、15日を迎える。信州では月遅れであるが、いずれにしても「その日」を迎えようとするこの時期、いつも弟子たちの気持ちを想像する。師の教えのとおりに、乱れず、静かで平安な心を保つよう、戒律を守っていた弟子たちの間にも、日に日に、刻々と弱られていく師の様子を見つめながら、寂しさや辛さ、恐ろしさがなかったわけではないであろう。

むしろ、極めて深く濃密な間柄として師弟が結ばれていたのであるからには、互いに口には出来なくても、心中には「その時」を前にした緊迫した覚悟が高まっていたに違いない。

ちょうど一年前、私自身、この季節には母の最期の床を見守っていた。

「その時」が避けがたく近づいている中で、父や弟たち、そして妻や子どもたちとの会話ややり取り、そして何より母本人とのやり取りには、お互いが何事かを確かめ合おうとするような細心の構えと仕草によって触れ合っていたように思い出す。

 

覚悟への時。やしょうまを控えたこの時期は、そんなことを考える季節となる。

 

でも、「ヤショ、うまかったぞよ」というのは、いいお話ですよね。

 

 

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コメント(7)

長谷寺 :

追伸・「ヤショ、うまかったぞよ」のお話しは経典にはありません。伝承として語り継いでいきたいものです。

雨ニモマケズ :

 先週の月曜日でしたか、いわゆるマブチ強殺事件の控訴審判決がありまして、東京高裁は一審の死刑判決を支持し、被告側控訴を棄却しました。
 この事件は、被告人と、共謀して既に判決が確定している死刑囚が、マブチモーター会長宅に侵入して会長の妻と長女を殺害し、貴金属を奪って放火し逃げたという、極めて残忍な犯行でした。被告人は他にも2人を殺害し、現金を強奪しています。
 私は、事件後会長が自宅でその惨状を目の当たりにし、「神も仏もあったものか、と思った」と語ったのを思い出します。その心境は察しても余りあるものです。
 どうしてこんな悲惨なことが起こるのでしょうか。殺された2人や会長は、何かその報いとなるだけの悪事を働いたというのでしょうか。何故にこのような鬼畜としか言いようのない行いがなされるのでしょうか。
 私は、毎月18日の縁日護摩祈祷に時々参加させていただきます。そして、御観音様がお与えくださる広大無辺の慈悲と智慧に心の支えと安らぎをいただき、感謝しながら帰ります。
 でも、どうしても御仏の教えとこの現実とのギャップ、矛盾を理解することができません。あるいは「こんなことに悩むのは娑婆の感覚なのだ、仏の世界は人知を超えた世界なのであり、一衆生が納得するような説明はないのだ」ということなのでしょうか(そうであるならば、残念ながら、御仏の世界はとても遠い存在になってしまいます)。
 どう考えたらいいのか・・・。何卒、ご教示ください。
               南無大師遍照金剛(合掌)

長谷寺 :

雨ニモマケズさま

 コメント有り難うございます。
 
 >どうしてこんな悲惨なことが起こるのでしょうか。

 かつて、末法が叫ばれた鎌倉期は社会的な荒廃と戦乱が日常化し、疫病も蔓延して、巷には死があふれ、強姦強奪が横行したといわれます。そんな時勢に、法然上人や親鸞上人は、人間の「悪」の問題と徹底的に向き合いました。
 
「神も仏もない」という無神論を選ぶのか、はたまた弥陀の本願を選び取るのかという、信と不信のギリギリの波打ち際で、お2人は沈思し、思惟し続けました。

 その歩みは、お2人の上人ならずとも、少しでも人生について考える人(一衆生)であれば、必ず立ち尽くすテーマであり、容易に答えの出ない人間にとっては永遠の課題といえるかもしれません。

 ところで、この浄土門のお2人の探求者は、自分が人を殺さないのは善人だからではなく、たまたま「殺す縁がないからである」と、とらえてまいます。だから、今後もそのような縁があれば、人を殺めてしまうこともあり得るだろうと。

 私たちも、縁があれば、あの被告席に立ってしまうかも知れない。

 でも、問題は、そのような縁は、人をして殺人者にすることもあれば、被害者にしてしまうこともあるということになります。殺されてしまった人に対し、とりわけ、その家族に対して、そのような言葉が意味をなすとは思えません。
 
 被害者の家族は、永遠に求めても得られない答えを求めます。それは、「意味」ではないでしょうか。なぜつまらぬ金品のために殺されたのか。そんな人生にどんな意味があったのか。なぜ、あんな無残な姿で死に、私はそれを発見しなくてはならなかったのか。
 
 その「意味」が、痛切に求められます。それは、別の言い方をすれば、犯人を許すこと(法的にではなく宗教的・精神的に許すこと)を可能にする道を求めることでもありましょう。そして、それは自分自身が絶望や憎悪や怒りから、解放される道でもあるはずです。

 仏教というのは、この時に「意味」を与える宗教ではないと思います。そこが、仏教の「弱さ」といえるかもしれませんが、しかし、人間性への深い信頼に根ざしていると僕は考えます。

 当サイト内の「観音さまの心」にある「観世音菩薩」という詩をまたお読みください。詩は、観世音菩薩とは、人間性における普遍的な慈愛であるとうたっていますね。

 それについて観音経では、観世音菩薩が無限(三十三)の姿で、あらゆる苦難や悲惨において出現すると説きます。現れないところは決して無いのだと。このことは、人間性の慈愛心は、どんな縁や悪条件においても失われないという確信に基づいていると思います。

 殺人者であっても、その殺人者を憎悪する家族であっても、慈愛心は滅びずにある。それは呼びかけ、思い出せばたちどころに現れて、殺意や憎悪や自己否定から救ってくださると。それほどに、仏教は人間の慈愛心としての観世音菩薩の力を確信し、信頼しています。

 観世音菩薩を信じるということは、人間の慈愛心を信じるということですし、自分自身の慈愛心を信じることではないでしょうか。むろん他者においても。

 つまるところ、人間というのは縁によって善にも悪にもなってしまう無常なものだが、その内には普遍的で強靭なる慈愛心が具わっている、という人間への信頼があります。(ただし、それは念じる、呼びかける、称えるなどの働きかけをしないと眠っていることが多いとしています。ただし、眠りから覚めると、その慈愛の力は強力です)
 
 雨ニモマケズ様。
 今現在、僕としてはこのような言葉によってしかお答えすることが出来ません。

 大切であり、また深い事柄です。そして、雨ニモマケズ様が、このようなことを大きなテーマとしていらっしゃることを今後も大切にしていただければと思います。

 今日は、僧侶がこうしたテーマと出会うことなく安穏としておりますが、心ある方々によって、問い続けられていますね。問い続けることに、大切な意味があると思います。仏教的に言うと、あの国宝の弥勒菩薩像が示すところの、人間を救済する道を求める永遠なる思惟に、参加するといえますね。


 
 お釈迦さまはいいます。

  殺してはならない。
  殺させてはならない。

 仏教の教えが、単なる悟りを目指す個人主義の道から大きく展開して社会や人間関係へと広がる萌芽がすでにここにあります。
 自ら殺すものにならないように生き、他者からは殺す縁を取り除き、その働きかけによって社会全体から殺す縁を減らす。人を殺人者にしない社会を作る。

 雨ニモマケズ様も、そんな社会を身近に目指してみてはいかがでしょうか。そんな生き方(もうそうしていらっしゃる方とお見受けしますが)こそ、御仏の世界そのものなのではないかな、と考えます。

 長々と失礼しました。

 南無大慈大悲観世音菩薩

 住職合掌
 
 

雨ニモマケズ :

 和尚さまの言葉の中で印象的でありましたのは、「仏教というのは、この時に「意味」を与える宗教ではない・・・。」、「殺人者であっても、その殺人者を憎悪する家族であっても、慈悲心は滅びずにある。・・・殺意や憎悪や自己否定から救ってくださると。」というくだりです。
 どうやら私は「仏の救済」の意味を誤解していたのかもしれません。「悲惨なこと」が起こらないようにしてくださるのが御仏であると考えていましたが(だから、なぜこんなことが起こるのかと原因・理由ばかりを求めた。)、そうではなく、たとえ「悲惨なこと」があっても、それでも人間のもつ慈悲心を滅することなく呼び起こしてくださる、それが「仏の救済」なのだと。
 浄土教の高僧は、「たまたま殺す縁がないからである」と捉えられたとのことですが、仏教の多くは性善説に立つとどこかで読んだことがあるような気がします。人間は究極的には正しく生きるものだが、往々にしてそれを遮る暗雲が覆い、悪事をなすのだと。
 やはり人間の世界では、悲惨なこと、不条理なことがあるのだ、ということを受け容れなければならないのでしょう(お釈迦さまが言われるように、「殺してはならない。殺させてはならない。」ことを目指すのは当然ですが)。仏の世界ではないのですから。そして、そんな人間界にあって、なおも慈悲の心をお与え続けてくださるのが、御観音さまであるのかもしれません。
 和尚さまからの御教授で、考え方が一歩進んだような気がします。私なりに咀嚼しての理解ですから、ズレているかもしれませんが。どうもありがとうございました。
 南無大師遍照金剛  合掌

長谷寺 :

雨ニモマケズ様

 私の至らない言葉がお役に立ったか心配です。むしろ、私が述べたようなことも、雨ニモマケズさんは何度もお考えになったうえで、その矛盾と向き合っているのではないでしょうか。

 仏の救済とは、泥の中から咲く蓮の花の喩えのように、私たちのうちなる観音性(慈悲心)をたえず呼びさまし再生させるものであると思います。

 と同時に、やはりその観音性を私たちが信じて共有する社会においては、「悲惨なこと」が生じる縁も無くなっていくのではないかと思いますし、そう願うからこそ、観音信仰というのは広まりもし、かつまたその救済力を祖先は確認してきたのではないでしょうか。

 むろん、人間の社会は人間の社会であることにおいて、観音性があるのと同じくらい確かに残忍性や野性も存在しています。その不条理の局面においても、観音の名を呼ぶものでありたい。それが観音経にある「其中一人」という言葉の尊さであり、仏さまが私たちに向けて授けてくださる励ましの言葉ではないとかと思っています。悲惨で、絶望的な渦中においてなお、「その中のひとり」でも、観世音菩薩の名を呼ぶものがあれば、観世音菩薩はたちまちに現れて救う。

 観音経は法華経の中の一章ですが、法華経を生涯受持した宮澤賢治もまた、その中のひとりであり続けようとしたのだと思われます。雨ニモマケズ様のお名前から、ふっと、そんなことも考えました。

 南無大慈大悲観世音菩薩 合掌

 

高岳 里久 :

このごろ、私が考えている悟りと実在したお釈迦様の悟りは違うものかもしれないと思うようになりました。
何だか万能的な力をイメージしてしまいますが、どうもそうではないようで・・・。
仏遺教経では、
「教えを聞くか聞かないかは、教えるも方の責任ではないよ。」
って仰ってますしねー。
きっと大悟の後も、傍目には失敗と移ることがあったのでしょうね。でも、わかる人にはわかる、というような。

このご時勢、寺に寄り付く人は、大切にしたいものです。
長谷寺さんの池を荒らす子供らの季節が近づきましたね~(笑)。

長谷寺 :

高岳さん

いろいろな意味で、遺教経は考えさせられる言葉満載ですね。お釈迦さまの人間的な一面などを垣間見るとき、成立年代はさかっても取り入れられているエピソードは教団で語り継がれていたお釈迦さまその人の肉声や出来事だったりするでしょうね。

池を荒らしたり、賽銭箱を荒らしたり?カメムシがうようよと出てきたり、あああああ、春だなあ、という感じですよ。

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