「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」
2008年4月アーカイブ
今年度は、地区の常会の「組長」がまわってきた。組長というとなんだか凄そうだが、その仕事は主に回覧板を届けたり市からの配布物を常会内の各戸に届けることである。
日頃から地域あってのお寺について考えたり、地域に開かれた寺にしたいとイベントをしたりしている僕としては、こういう機会に進んで役を引き受けなくてはならないと思うのだが、不思議と疲れていたり用が目白押しの時に限って常会長さんがどっさりと配布物を持ってくる。
げげ。
こういうネガティブな気持ちで受け取る配布物は、長野市からの催し案内にしても市政報告にしても「こんなことをしてなんになるのか」というような悪態をつきたくなるようなものに見えるから不思議だ。実際、そうである場合も多いと思うのだが、中には大事な情報もある。行政も規模が大きくなると、市民に対する行政サービスも多岐にわたるせいか、市報を見ても情報が豊富すぎて目が回ってしまう。もしかすると、目が回るように編集してあるのかもしれないが、組長の仕事は、そのような目が回るものを届けるものなのだ。
昨日、10歳になる息子が、初めてちょっとした一人旅をした。
といっても、電車に乗って降りるだけのことであるから、たいしたことはないと言えばたいしたこともないのだが、長野駅から特急に乗って名古屋までの約3時間、一人で行ったのだから、彼にとってはそれなりに胸の高鳴る体験で、大きくなってからも覚えている出来事になるだろう。
チベット問題への関心が高まって、長谷寺のある長野市で聖火リレーが行われること、善光寺様がそのスタート地点を辞退したことを巡って、ささやかな活動をしている僕のところにも、連日のように新聞やテレビの取材の方が訪れる。
いろいろな質問に対するコメントを求められるが、その都度、僕自身の器に余る問題を問われて答えに窮する。
逡巡しながら、あれこれとしどろもどろにコメントしていると、相手は質問を変えて「答えやすい」質問に切り替えてくる。それは助かるが、答えやすい質問は、敵か味方か、賛成か反対か、好きか嫌いか、という「答え」に傾斜していきやすい。
一生懸命考えて、限られた知識や見識の範囲で応じようとするが、記事になったり映像になった見ると、コメントした全体の「一部」が切り取られ編集されてしまうことで、編集する側の狙った「立場」の代表者のように配置されてしまう。
記者たちにも真剣な問題意識や社会的な責任感に基づく考えあってのことは理解できるけれども、出来上がったものを見て「オイオイそこまで言い切ってないぞ」と疑問に感じることもある。そうはいっても、その都度自分の発言に慎重になろうと反省するばかりだ。
◇
現在の一連のチベットを巡る言説にも、ネットを中心に「アンチ中国」の感情的な言葉が乱れ飛び、肝心のチベット理解や、チベットと中国との歴史的経緯を無視する言葉、または中国国内の民主的な活動を視野に入れない乱暴な言葉が目立ち、かえって不安になる。
僕自身、「チベットチベット」の上映会で皆さんに挨拶するときも、「アンチ中国」が目的ではないことは伝えるように心がけている。ところが、世界が注目するオリンピックを前に控えた「今」こそ、チベットについての理解を進めるアクションを起こすことは大切だし、そのアクションが、中国政府に対する抗議と切り離せないことも承知している。けれども、抗議するからといって、中国人を憎悪したり、やることなすこと全否定するつもりはない。
◇
作家宮内勝典さんがご自身のサイトに次のようにお書きになっていたので引用したい。
善光寺
山尾三省
善光寺様
善光寺様
ことしも わたしたちの庭畑に あなたの
不思議の 金木犀の花が さきました
ことしは
こちらは苦しく乱れて
金木犀は咲かず 水も流れぬ秋かと
思っていましたのに
善光寺様
善光寺様
ことしも
この貧しい庭畑に あなたの
不思議の 金木犀が
香りいっぱいに 咲き満ちました
善光寺様
この世界という 善光寺様
昨日は、長谷観音の春のお祭り。昔は大変な賑わいだったそうです。塩崎がまだひとつの独立した村だった頃、このお祭りは、桜咲く春の訪れの中、農作業がいよいよ本格的に始まることを告げます。そして、農業が中心だった共同体の願い、「五穀豊穣・風雨順次・天下泰平・万民豊楽」がお祈りされ、農作物の豊作が祈られました。
共同体の構成員たちが、ひとつの場所に集まり、その土地の神仏にひとつを願いをかけて祈るとき、その祈りを通じて人々は共同体の合意を形成していった。地域の思いをひとつの思いに束ね、その「ひとつの思い」へと皆の心を合わせていくように寺社の境内で絆を深め合う様々なイベントに参加した。長谷観音は、そんな地域の心のベクトルを集約していく一点のシンボルとして、老若男女が集まった。まだ塩崎村として自主独立の半世紀ほど前までは、小中学校もこの日は休みになったり半休になって、子供たちも朝から心を弾ませて露天の並ぶ仁王門に我勝ちにと駆けて行ったといいます。
それが、昭和40年頃に篠ノ井市と合併したころから、次第に趣が変わり、やがて篠ノ井市が長野市になった頃には、かつての塩崎村の自主独立の自治意識は低下し、農業中心だった地域住民の生活の変化も伴って、春祭りは住民意識の合意形成という働きを喪失し、伝統行事の維持という目的ばかりが際立つ行事になってしまった感がある。
以下詳細です。
◎◎◎【先行上映会】◎◎◎
○4月17日(木)午後6時半~
会場:長野市TOiGO WEST(3F学習室)
http://
○4月18日(金)午後6時半~
会場:千曲市あんずホール(大会議室)
http://
*上記2会場では監督の講演はありません。ご注意下さい。
*会費:1000円+支援のカンパ (カンパはチベットの資料や支援グッズの購入を通じてご協力ください)
*お問い合わせ:各会場までお問い合わせください。
◎◎◎【キム・スンヨン監督を招いての映画「チベットチベット」長野上映会】◎◎◎
○4月23日(水)、24日(木)
(両日とも2回上映)
★1回目上映会
・上映:午後2時~
・監督の講演(質疑を含めて約1時間):3時半~
(開場:午後1時30分~/終了:4時30分予定)
★2回目上映会
・上映:午後6時30分~
・終了後に監督のご挨拶(質疑)
(開場:午後6時~/終了:9時予定)
*会費:1000円+支援のカンパ (カンパはチベットの資料や支援グッズの購入を通じてご協力ください)
*お問い合わせ:会場までお問い合わせください。
*会場:長野市勤労者女性会館しなのき
http://
[アクセス]
(駐車場がありませんので、公共交通機関等をお使い下さい)
バス:長野駅より、権堂下車 徒歩2分
長野電鉄長野線:権堂駅下車 徒歩2分
○主催団体:「チベットの風」 ←私も参加しています。
○現在、ボランティアスタッフを募集。チベット問題の平和的解決を願う方、対話の前進を願う方、五輪の平和開催を願う方、サポートをお願いします。
連絡先:shuntetsubou@hotmail.com
○参考サイト
http://
http://
http://
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皆さまのサポートをお願いいたします。
合掌
いよいよ、いよいよ、開いてまいりました、ほら。
この枝垂桜、大きくなっていますが、樹齢としては意外にもまだ50年足らずです。
私が赤ん坊の頃、この木の根本あたりで撮った写真がありますが、そこに大人の腕位の太さの小さな枝垂桜が写っています。それが、見る見るぐんぐん育って、いつの間にかこんなふうになってくれました。
ばなな猫さんのプログに紹介されていましたものを紹介させていただきます。
◇
書寫山圓教寺大樹玄承氏のお手紙
今、私達日本の仏教者の真価が問われています。
チベットでの中国の武力行動によって、宗教の自由が失われることに
心から悲しみと、やむにやまれぬ抗議を表明せずにはいられません。
私たちは、あくまでも宗教者、仏教者として、僧侶を始めとする
チベット人の苦しみをもはや、黙って見過ごす事が出来ません。
チベット仏教の宗教的伝統を、
チベット人の自由な意思で護ると言うことが、大切な基本です。
皆さんは、日本の全国のお坊さんどうしているのかとお思いでしょう。
日本の各宗派、教団は日中国交回復のあと、
中国各地でご縁のある寺院の復興に力を注いで来ました。
私も中国の寺院の復興に携わりました。
しかし、中国の寺院との交流は、全て北京を通さないと出来ません。
殆ど自由は無かった。 これからもそうだと全国の殆どの僧侶は
知っています。
そして日本の仏教教団が、ダライラマ法王と交流することを、
北京は不快に思うこともよく知られています。
あくまでも宗教の自由の問題こそ重大であると、私は考えています。
しかし、チベットの事件以来、3週間以上が過ぎて尚、
日本の仏教会に目立った行動は見られません。
中国仏教会が大切な友人であるなら、
どうして何も言わない、しないで良いのでしょうか。
ダライラマ法王中心に仏教国の歴史を重ねてきたチベットが、
今無くな ろうとしています。
私たちは宗教者、仏教者として草の根から声を挙げていかなければなり
ません。
しかし、私の所属する宗派が、中国の仏教界関係者から抗議を受けて、
私はお叱りを受ける可能性が高いでしょう。
このように申し上げるのは、私達と行動を共にしましょうということで はないのです。
それぞれの御住職、檀信徒の皆さんが、これをきっかけに自ら考えて戴 きたい
のです。
オリンピックにあわせて、中国の交流のある寺院に参拝予定の僧侶もい らっ
しゃるでしょう。
この情勢の中、中国でどんなお話をされるのでしょう。
もしも、宗教者として毅然とした態度で臨めないならば、
私たちは、これから、信者さん、檀家さんに、どのようなことを、説い ていけ
るのでしょうか。
私たちにとって、これが宗教者、仏教者であるための最後の機会かも知 れません。
書寫山 圓教寺 執事長 大樹 玄承
平成20年4月5日
信州には「信濃三十三観音霊場」という観音さまの寺を巡る巡礼の道があります。長谷寺はその第十八番札所になっています。
なかなか歴史も古い札所めぐりなのですが、このたび、その三十三ケ寺の様子を美しい映像に納めたDVD(75分)が発売されました。各寺院が加入する札所連合会も協力して、長野の映像制作会社で制作してくださったものです。
長谷寺でも販売しています。
長野の書店でも購入できますが、「コンテンツながの」さんでも取り寄せ可能です。各寺の貴重な映像や四季折々の映像もあり、とても素敵です。途中、札所連合会の事務局サイド代表で私が出演しているのが、いささか不安要素ではありますが、40代の私の映像記録としても貴重であります。
信州を一回りする映像の旅でもあり、一度巡ったことのある方には懐かしく、まだ巡ったことのない方には「行ってみたい」と思える内容になっています。ぜひお求め下さい。
金額はDVD1枚で¥1,550(税込)です。よろしくお願いします。
昨日は一日温かくてだいぶ桜の花も開き始めたようですよ、ほら。
今日は雨模様ですが、間もなく幾千幾万という蕾たちが次々と開き、観音さまの宝前を荘厳します。
でも、仏教には「相互供養」という言葉があり、お互いに相手を供養し、讃え、いたわりあう教えがありますように、観音さまと桜の花もまた、お互いに相手を供養しあっているのでしょうね。
そんな花を見上げている私たち人間をも、桜の花は供養してくれているのでしょうね。
私たちが花を愛で、讃え、喜びの心に満ちるのは、花がそんな愛や賛嘆の心や喜びを与えてくれているともいえますね。
いよいよお花見の季節。花に癒され、花に励まされ、花に安らぎをいただく。
そんな静かで、あたたかな気持ちになるお花見も、いいですね。
職業柄、お葬式はたくさん経験する。
お檀家さんのご葬儀はもちろん、近隣寺院の檀家葬儀のお手伝いをする機会も少なくない。
考えてみると、こうしたお手伝いでお弔いを勤めるのは不思議である。なぜなら、生前にはお会いしたこともなく、名前すら知らない。御呼ばれしてお手伝いで法要の座に座って始めてお会いするわけだが、すでにその時その人はご遺体でありご遺骨という姿になっているのである。






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