住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

2008年7月アーカイブ

長谷寺では8月10日が施餓鬼会である。

施餓鬼会とは、夏のこの時期に三宝(仏宝僧)を敬う仲間(サンガ)に食を施し、餓鬼道におちて苦しむ餓鬼に食を施し、その功徳によって祖先の供養を願う方法だ。「施(あたえる)」が、餓鬼性という人間性の煩悩や欲望を救済するという仏教の教えが儀礼化した法要である。

伝統的に、この法要では檀家さんがたが各家の祖先や亡き方の供養のために卒塔婆供養をする。

卒塔婆とはストゥーパとも言って、いわゆる仏塔だ。五重塔とか三重塔も同じだ。

一般的に卒塔婆といえば、ご存知のように、1メートルから大きいものでは3メートルくらいの大きさの板で、上部をギザギザに削って「五輪(地・水・火・風・空)」を象ってあるが、これは仏教の世界観であったり、仏の五智を表したりする。仏の徳を十方に高らかに示すから「高顕」と呼んだりもする。いずれにしても、卒塔婆それ自体に大いなる功徳があり、亡き人や祖先のために、仏の徳そのものである卒塔婆を建てると、その徳が亡き人や祖先に回向される。

僕が学生の頃、「イングリッシュンマン・イン・ニューヨーク」という曲が流行したことがあった。

で、先日、若い友人のチベットやネパールの旅の写真に、僕が言葉を添えるという写真展の企画があって、結局ボツになってしまったのだけど、「ジャパニーズマン・イン・チベット」というタイトルを当初考えたりしていた。

アメリカで暮らす英国紳士の呟きのような歌と、若い日本人のチベットの旅とでは、歌詞の世界がかみ合わなくて、デザイナーさんにボツにされてしまった。

でも、友人の写真を観ていて、蘇ってきた懐かしい曲のタイトルから、先日久しぶりにあの渋いサックスのイントロから始まる名曲を聴いた。ううむ、渋い。

と、そんなこの一月の流れの中にあって、こういう出来事があると少々驚く。

http://www.tibethouse.jp/news_release/2008/080722_songs_for_tibet.html

まさにシンクロにシティーと言うべきか。

そういえば、やはりその昔、世界のトップアーティストによる「ライプ゛・エイド」という大規模な企画もあった。

スティングたちの歌はどんなふうに広がっていくのだろう。

 

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日本のアーティストたちの中からも、そんな歌が唄われるだろうか。

ピン、と来る瞬間というものがある。

予感だ。

今日もそれが的中した。

法事の後の席で食事をご馳走になっていた時のことである。

もうお蕎麦も出で、斉食も終わりだったが、会場の部屋の内線が鳴っていた。

ピン、と来た。

お店の仲居さんが受話器を取り何やら受け答えしたかと思うと、振り向いて僕を見た。

そして、アイコンタクトと右手で受話器を指差した。

今日は、長野県カルチャーセンターで「信濃三十三観音」についてお話しをして来ました。

担当の方が「問い合わせがありますから」ということで初めて企画してくださいました。札所連合会の事務局という立場から、巡礼について、観音巡礼について、観音さまについてなど、約2時間にわたってお話しをして来ました。

僕が思ったより参加者も多く、また皆さん熱心にお聞きになってくださいました。感謝。

観音さまや、その教えの世界にひかれる人がたくさんいることを感じました。「眠くなったら寝てください」と言ったのですが、皆さん自ら進んで受講されているだけに、年配の方も多い昼食後の時間帯でしたが皆さん目を輝かせて僕の話に耳を傾けてくださいました。

教室での講義は今回だけで、今後は5回のコースで実際に信濃の札所めぐりをします。

今年は長谷寺の参加者がなくて中止になってしまっていたのですから、思いがけずまたまた観音めぐりが実現してありがたいですね。

10日から2泊で仙台に行き、13日から2泊で東京のお盆参りに行き、昨日16日は総代会があって今日は秩父三十四観音めぐりに日帰りで行ってきた。

明日は、18日だから観音さまの縁日の護摩を焚き、それ以降もみっちりとスケジュールが入っている。

そんな中、私もお手伝いしている市民グループ「チベットの風」の夏のイベントの準備が、着々と進んでいる。

今回は、僕としても全く力になれないけれど、ここで紹介しますので、どうか皆さんお出かけ下さい。

下記に25.26.27日のスケジュールを紹介します。画像をクリックしてくださいね。大きくなります。

皆さま、善光寺様への参道は、仏さま、安らぎの心、平和への道なのです。それを再発見するために企画されています。

その道が、チベットの平和にも、世界の平和にも通じていきます。ぜひお越し下さい。

春からチベットの平和を祈念する僧侶の会に関わって、 いろいろな人と出会うことが出来た。

深刻なことをテーマにしているのだから、その悲しい問題がこの世界にもし無かったら出会うこともなかったし、むしろ、会わないで済むなら会わないで済む世界であればよかったのにと考えもする。

けれども、そんなことは詮無きこと。

悲しいことが機縁となって見えてくる世界やそれによって出会う人もある。

先月は、浄土真宗の有志の方々で結成されている「念仏者九条の会」というものに、チベットの僧侶の会で知り合った人のお誘いで参加した。

開催地は長野市だったが、全国大会だったので、日本各地から参加者があったし、「念仏者」という以上当然のことながら、僧侶だけではなく門徒の方々も多数参加していた。そのあたりすでに浄土真宗のスタンスが発揮されていた。

さて、そこでお会いすることが出来た浄土真宗のお坊さんのホームページにこんな記事を見つけた。

先日、防火講習の時、講師の先生から、某NK文化会館の方からお聞きしたという、こんなエピソードを聞いた。

何年か前、丹波哲郎さんが長野に来て、その会館で大きな講演会を開いた。

大きな会場に満員御礼の来場者。もちろん霊界のお話であったという。

話も佳境に入った時、グラリと来た。

震度5強、長い揺れ、会館全体がグラリグラリと揺れ続けた。

一瞬静まり返る場内、いやな空気が流れる。

すると、客席の前側のある人がすっと立ち上がり、出口に歩き始めた。

それをきっかけに、すっすっと1人立ち2人たち、みるみる席を立って非常口へと人が歩き始めた。

 

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