住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

送り盆の珍事

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送り盆の時刻。

檀家の方々がお盆の間お迎えしたご先祖様を送ってお墓にやってくる。

と、ポツリポツリと雨が降り始めた。

「だから早く行こうって言ったのよ」と駐車場で慌しい声がする。

お迎えは早くして帰りはゆっくり帰ってもらう。そんな思いを反映するというキュウリとナスで作る馬と牛。

お迎えは馬に乗って速やかに。帰りは牛に揺られてゆったりと。

でも、雨脚が強くなってくるとなかなかそうも言っていられない。

やがて雨粒はポツリポツリからボツリボツリと力強く屋根を打ち始め、空はみるみる暗くなってきた。

「あなた、車から傘を持ってきて」と声がする。

次第に強まる雨。

窓から外を眺める。いつもなら長谷寺の事務所からは遠く千曲川や菅平の山々まで良く見渡せるのだが、強まる雨はとうとう豪雨の装いで視界をさえぎり、千曲川どころかすぐ下を走るJR篠ノ井線の踏み切りも見えなくなった。

やがて遠雷がみるみる近づいて近くに大きいのが落ちた。

とそう思ったとたんに停電。

これは大変だと、玄関に出て外の様子を伺うと、雨はいよいよ激しくなってくる。

息子が「これが本当に『バケツをひっくり返したような雨』だね」と大声で言う。大声で言わないと声が聞こえないのだ。

集中豪雨だ。

お堂の屋根から落ちる雨水は、普段ならお行儀良くU字溝を流れるが、あまりの雨量で溢れている。

こどもたちはわーわーと喜んでいるがここまで降ってくると少なからず不安になる。

停電はなかなか復旧しないのに、落雷は続く。

少し雨脚が弱まった時、ザーザーという雨音の合間から電車の汽笛が何度か聞こえた。

あんまり何度も鳴らすから、息子と窓から見える踏切の様子を眺めたが、そこには電車の姿はない。

電車の姿がないのに汽笛の音だけが聞こえていた。

「大変だよ、お父さん、ほら大渋滞だよ」

そう言われてみて道路のように車の大行列に気がついた。

長谷寺に向かってくる参道を横切る篠ノ井線。その「大門踏み切り」の両側に、こんな田舎では見たこともないような車の列が伸びているではないか。激しい雨で見えにくかった視界が少し晴れてきたら、大門踏み切りだけではなく、少し離れたところにあるふたつの踏み切りも同じ様子だ。

どうやら遮断機が降りて鳴りっぱなしになってしまっているらしい。

大雨か落雷のせいなのか、ドライバーたちが雨の中を車から降りてきて線路の様子を伺っているのが見える。

そこへノロノロノロノロと電車が姿を見せた。

雨量に応じて電車を止めたのかもしれない。とすれば、一時停車していた電車が走り去れば踏み切りも開くだろう。そう思った見ていたが、電車が走り去っても相変わらずカンカンカンカン鳴っている。

大門踏切にずらりと並ぶ車には、お墓参りの人たちが乗っている。当然、先祖の霊も同乗しているはずだ。

いつになったら復旧するか分からない故障した踏み切りでずっと停車しているわけにもいかない。

そう思う人たちは次々と車を転回させて違うルートへと向う。

しかし長谷寺へ向ってくる場合、多くの道がどこかで踏み切りを通過しなくてはならない。

どうやらそのうちの三つが鳴りっぱなしになっているらしい。

幸い、ずっと迂回すると、稲荷山駅の向こう側の踏み切りは正常に作動している様子なので、多くの車は狭い道を通って長谷寺にたどり着いているらしい。

雷も激しい雨も遠くに去って、夕方に少し空に明るさが戻った。

涼しい風が吹いて盆明けの季節の移ろいを感じる。

しかし、相変わらず踏み切りは鳴っている。

事情を知らずに送り盆でやってくる檀家さんたちの車は、しばらくの間踏み切りで停車しているが、やがて首を傾げながら車から降りてきて線路の様子を覗き込む。腕を組み、一緒になった人としばらく話をしたりするが、とうとう違う道に向う。

夕方に顔を出してくれた檀家さんは、「30分待ってみましたが、ダメでしたよ」と苦笑い。

ようやく送り盆の人たちもいなくなって、寺には静けさが戻ってきた。

秋の虫の音と踏み切りの音だけが響いている。

夏の諸行事もこれで一息ついたので、家族で慰労の食事会に外出した。

銭湯に行って9時過ぎに戻ってきたら、踏み切りはもとに戻っていた。

今朝、新聞を見たら、小さな記事でJR篠ノ井線の稲荷山駅と姨捨駅の間の4つの踏切が誤作動を起こして5時間鳴りっぱなしになったと載っていた。

5時間。

久しぶりに我が家に戻ったご先祖の霊にすこしでもゆっくり過ごしてもらおうというのに、最近は時代の忙しさに流されて「早く帰ってもらおう」という傾向が見られる。

もしかしたら、そんな風潮に不満なご先祖さんたちがいたずら心で踏み切りを止めたのかもしれない。

朝方に、家族で墓参りをしている人に会った。

「いやあ、昨日のひどい雨で送れなくってね、今来ました。まあ、ご先祖には一晩余分にいてもらいましたよ」

 

 

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コメント(4)

幽黙 :

あれこれ無事だったからよかったですが
大変な騒動でしたね(^ ^)
お墓が遠いこともあって
ここしばらく墓参りに
行けてないのが気がかりなんですよね
義兄の家族が対応はしてくれていると
思うのですが…

長谷寺 :

幽黙さま

日本人は辛抱強いと思いますが、こんな時でも、みんな怒鳴ったりしないで並んでいましたし、しびれを切らしてからも、順序良く遮断機の下を潜り抜けていましたね(笑)

お墓参りというのは、歳とともに、何となくいいもんだなあ、と感じます。また涼しくなったらお墓参りなさってください。

高岳 里久 :

「いやあ、昨日のひどい雨で送れなくってね、今来ました。まあ、ご先祖には一晩余分にいてもらいましたよ」

という余裕が無いんだな、僕にも(- -;)
「余裕」を搾取しているのは誰だ!僕自身です。(T_T;)

棚経時に檀家さんの若い世代の殆どはお仕事で不在でありまし
た。

ともあれ、長谷寺さんのお檀家さんも御住職も
お疲れ様でした。

長谷寺 :

高岳様

お互いにお疲れ様でした。
大変ですが、こうしてお参りをするとお檀家さんとの距離は少しだけ近づくように思えます。

もっとも、招かれざる客、なんてムードを感じる瞬間もなきにしもありですし、修行ですね。

今年も息子が80軒くらい奮闘しましたが、「子どもをお参りに遣すとはケシカラン」とのお叱りもありました。

ご理解頂けないこともあると覚悟してやっていますが、これまた修行でありました。

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