住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

平和のための断食法要

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チベット亡命政府の呼びかけによる「平和のための断食」にひとり参加。

http://www.tibethouse.jp/event/2008/080830_fasting.html

概要は下記の通り(チベットハウスのサイトより)。

1. この断食の目的:

  1. 全ての生きとし生きるもの、特にチベット人と中国人の悪い行為を清めるため、そして善いカルマ(善業)を蓄積するため。
  2. これにより、ダライ・ラマ法王の長寿と健康をもたらし、衆生の繁栄と利益に対する法王の活動を支援します。
  3. 全人類が平和と調和のなかで暮らせるよう、世界におけるあらゆる闘争、病気、苦しみ、惨禍を緩和します。
  4. 今年三月のチベットにおけるデモで政治的理由で闘い、亡くなったチベット人達の悪い行いを清め、彼らがより良い来世に生まれ変わり、いずれは輪廻から解脱するのを助けします。そして中国の残忍な圧制での虐待行為に今なお耐え続けているチベット人達を苦しみから即座に楽にさせるため、チベット問題の真実を早く普及させます。
  5. 威力弾圧と暴力の犠牲となり、宗教の自由と良心や発言の自由に恵まれていない世界中の全ての人々と、特にチベットの人々を自由にし、幸福と自由を享受させます。又、圧制者達の心にある全ての憎しみを取り除き、彼らを慈悲と智慧をもって導きます。
  6. そして、圧制者に対する慈悲と慈愛から生まれた非暴力かつ平和的な方法で、弾圧行為や暴力そして人権侵害に有効的に反対するよう、全人類に真剣に呼びかけてアピールします。

日本でのタイムテーブルは午前7時から午後7時までの12時間であるが、僕は事情によって1時間繰り上げて参加。

朝から水分だけの補給にしている。

目的があると空腹感は余りなく、日常生活に支障もない。

ただ、月参りに行ったとき、毎月のお参りを楽しみにしてくれている檀家さんの奥様が残念がった。

「あら、美味しい桃を用意してあったのに」

いつも、お参りに行くと美味しい漬物やお菓子やおやきを用意してくださるが、今日は採れたての桃をご用意してくださったという。

「世界中の仏教徒が、今日は平和のために断食をしているんですよ」

「でも、甘くて美味しい桃ですよ」

「すみません」

「お供えに包みましょうね」

箱に入れてお供え用にしてくださった。感謝。

家に帰ると昼食の時間。

玄関を入ると娘が泣きわめいている。何ごとか悪さをして女房殿に叱られているらしい。

娘の話は支離滅裂で要領を得ないが、ひとりで食卓についている息子によると、遺憾ながら娘には叱られてもっともな理由があるらしく、気の毒だが現段階では女房から「昼飯抜き」の処遇を受けている模様だ。

ううむ、お前も食事を抜いているのか、奇妙な一致に驚きつつ慰めてやる。

「ちゃんと謝っておいで」

息子によると、いつものような理由であるだけに、女房も本気で腹を立てているらしいから、娘よ本気で謝っておいで。

一生懸命謝ってどうにか許しを得て涙ながらにのびのびのラーメンをすする娘。

平和が訪れた。

断食の合間、あらためてチベットにかかわる本を読んでいる。

『チベット問題』山際素男著

『チベット問題を読み解く』大井功著

断食という言葉は、響きが重いから抵抗感がある。

でも、明らかに体が静かになる。

体が静かになってこそ静まる心の働きもあろう。

そして、そういう心で考えなければならないテーマもある。

チベット問題とは、そういう事柄ではないだろうか。

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