「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」
2009年11月アーカイブ
長谷寺を開基した伝説の人、シラスケさんは、その物語の後半で、観音さまの導きで出会った美しい妻をめぐって土地の権力者と勝負をする。
妻をかけて、その勝負は2回。
一度目は「弓くらべ」。
二度目は「相撲」であった。
この弓くらべに関しては、これまで僕もあまり関心を払わなかった。
相撲のほうは、今日でこそ「スポーツ」として社会的に認識されるようになってしまった感があるが、ほんらいは神意を問う御神事だったものと思われる。
同じ力量のチカラビトの2人が、無限な円の中で立会い、四つに組み闘う。
この時、その勝敗により、神意をはかったのではないだろうか。
なんというか、画期的と自画自賛している大臣のいる「仕分け」であるが、ニュースなどでみているうちに、なんだか嫌な感じがしてきた。
確かに、膨大な税金の使途だから、好き勝手に誰かが儲かるような仕組みの中で決められるのは面白くない。
しかし、「仕分け人」という必殺仕事人みたいな名前の方々が、鋭く、鮮やかに、国民の知らないこれまでの国家の暗部に切り込んでいるような情景は、どういうわけか、中村モンドに共感したようにはとても共感できない。
どうも弱いものいじめに見える。
息子が新型のインフルエンザになった。
周囲の中学校や小学校ではだいぶ流行していて、学級閉鎖も続いていると聞いていたが、地元の塩崎小学校にはまだそれほどの感染者は出ていなかった。
ところが、数日前に、同じ5年生の隣のクラスに発生したらしい。
らしい、というのは、母親同士の噂話で「気をつけなくっちゃね」ということだったからだ。
しかし、それはあっという間に拡大してそのクラスは忽ちに学級閉鎖になってしまったのだ。
ところがである。
今日は、七五三のお参りがありました。
初参り(お宮参り)にお観音さまに参拝してご祈願をする方も増え、近年は七五三のご祈願をするご家族も増えてきました。
子どもの無事成長祈願は、「7歳までは神のうち」と言われた(つい最近までの)時代までは、きっと目出度いばかりではなく、かなり真剣な祈りだったに違いありません。
子どもは、一寸としたことで亡くなってしまいました。
過去帳をひも解き、戦前くらいまでの時代の項を見れば、いかに多くの子どもたちがあっけなく命を落としているか分かります。
古い過去帳は、上下段に書き込まれていますが、上段に大人が録され、下段には子どもたちの名が記されています。
つまり、その歳の死者の半分は幼い子供たちであるわけです。
現代にもしもそんなことがあったら、大変な騒ぎになってしまうでしょう。
それは、でも珍しいことではなくて、普通なのです。
あっけなく死ぬ子どもたち。
こんなうたを詠んだ人がある。
南無とする
南無ともならぬ此の世ゆえ
南無とかせねば
南無ともならぬ
戯れ歌、ではない。
南無、といいながら、かたっ苦しくもない。
間もなく、小雪の候。
風はにわかに冷たくなってきた。
庫裏の玄関の前にあるモミジが赤々と染まり、朝日に照り映えて白壁が赤く染まるほどだ。
でも、明日には散っていくことだろう。
朝、鐘撞き堂に立つと、ついこの間まで視界を遮っていたケヤキや桜の葉が散ったせいで、木々が透けて視界が広くなっている。
きっと鐘の音も遠くまで聞こえることだろう。



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