住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

2009年12月アーカイブ

仕事にいく私

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娘(6才)が描いた「仕事に出かける私の図」である。

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野沢菜を漬けました

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年の瀬が近づき、寒さも冬らしくなって来ました。

風が冷たくなったと外にでるズクがなくって来る頃になると、一本の電話が入ります。

それは、弟の奥さんのご実家からで、「今年もそろそろですよぉ」と、お寺で漬ける分の野沢菜を分けて下さるお電話なのだ。

いつ頃からか、北風小僧の寒太郎のように、我が家にいよいよ冬を知らせる電話を頂くと、いそいそと頂戴に向かう。

ちょうど、長谷寺と千曲川をはさんで東側の山の麓にお宅がある。

車で、広々とした田んぼの中を抜けていくと、あちこちの畑で野沢菜を収穫している人の姿を見かける。また、庭先で家族総出で野沢菜を洗って漬け込んでいる家もある。

信州の冬の始まりだなぁ、と思う。

ローマ宣言とチベット

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今日、チベット問題は暗礁に乗り上げている。

国際的な中国の地位向上に比例して、その問題の解決に向けて他国は中国政府に言い難い状況が進む。

その一方で、中国は国際社会での存在感が増すにも関わらず、この問題を解決しないでいることは、他国からの信頼を得られないことになる。

私たちはいったいどんなスタンスを取っていくべきなのだろうか。

ダライラマ法王日本代表部のサイト内に、過日開かれた国際的なチベット問題に取り組む集まりの宣言が紹介されている。

僕も参加している、日本の僧侶たちの集まり「宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会」も、問題提起をしながら、どのような活動を展開していくべきなのか、模索が続いている。

そんな僕らにとって、この宣言はひとつの大きな指針を与えてくれている。

代表部のサイトからの引用ですが、お読み下さい。

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第5回チベットに関する世界議員大会は、2009年11月19日、「チベットに関するローマ宣言」および今後数年間の行動計画を採択して幕を閉じた。

 

森獏郎さんと公開対談

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もう終わってしまったので宣伝ではありませんが、12日に千曲市の「アートサロン千曲」で、板画家の森獏郎さんと「木喰」をめぐっての対談をしました。

といっても、私は木喰仏についての見識もなく、それについての強い関心を持っているわけではないのですが、木喰さんが真言系統の修験の修行をしたり、作品に添えて歌われている数々の和歌に、空海とか阿字といった、真言宗のキーワードが頻出するので、そのあたりについての話しをしよう、と獏郎さんに誘われ蛮勇を奮って挑んだのでありました。

木喰さん入門

獏郎さんは、こんな人ですと一言で説明するのは困難な人物ですが、千曲市の森というところにお住まいで、基本的には「板画」を彫り、棟方志功の系譜を真っ当に継承している作家だと思いますが、その他に、詩人であり、俳人であり、民芸の研究と実践家であり、郷土史の研究者であり、ちょっとだけ市会議員であった時期もあり、種田山頭火、小林一茶の深い読み手であって研究者であり、まあそれでいてちゃんとご家庭もあって、なんだかよく分からないのですが、そういういろんなことを同時にやって、いつも会うと「オラはもう腰は痛えし、酒も飲めなくなったし、じき死ぬだな」というのだが、いつも異様に元気だ。初めてお会いした時も「もうじき死ぬ」と確かに言っていたが、いっこうに死ぬ様子はないどころか、ますます元気だ。どうなっているのだろうか。

獏郎さん入門

木喰さんもそうだ。

藤本幸邦老師

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篠ノ井円福寺の御先代である藤本幸邦老師が御遷化された。

世壽九十九歳、老衰であったという。

戦後、親とはぐれ孤児となった子、あるいは戦災で親を失った子どもたちを引き取り、寺で育てた。

我が子同様、あるいは我が子以上の愛情によって育み、その精神は仏教の慈悲の実践として次第に地域に広がって、やがて日本の戦後復興が一息ついた頃からは海外の難民などの支援へと発展していった。

幸邦老師がおいでになったことにより、私たちは、戦争の悲惨、世界の悲しみを知り、そしてその悲しみに共感し、支援の手を差し伸べる実践を知った。

私は、数度しか接したことはなかったけれども、私が本山での修行を終えて戻り、初めてお会いしたときのことはよく覚えている。

ニコニコと、円満このうえない笑顔であった。

私の寺での仏教会の会議があり、そのお帰り際に、玄関に腰をおろしながら、見送る私にこう仰った。

「観音さまだよ、観音さま、これからは観音さんの心だ、いいな、うん、観音さん、観音さんだ、わははははは」

すでに八十代もなかばを過ぎていたと思うが、大変大きな声に驚いた。

そして、繰り返し、観音さん観音さんと笑いながら言う老師の姿に、ひどく感動した。

観音さん、観音さん、である。

南無

合掌

参考にご覧下さい。

 

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