住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

謹賀新年

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あけましておめでとうございます。

南無大悲観世音菩薩

私たちのこの一年が、健やかで、安らぎに満ちたものでありますように。

年頭に、観音さまに、そうお祈りする。

年の初めにあらためて観音さまと縁を結んで、

一日一日を、大切に過ごしていこうと願う。

そうはいってもこの娑婆は、

健やかでもなく、安らぎを乱すことばかりだから、

ついつい頭に血が上ったり、

腹が立ったり、

悲しみに沈んだり、

さみしくて泣きたいことも少なくないから、

わたしらしさも、やさしさも思いやりも、見失いがちの365日だ。

むしろ、そういう一日一日だからこそ、

年頭に、今年もまた観音さまの大悲に祈る。

南無大悲観世音菩薩

大悲よ

私たちの、

怒りをしずめたまえ

悲しみや孤独を癒したまえ

見失いがちな自分らしさや思いやりを、

蘇らせたまえ。

私たちの大悲によって、

誰かの怒りをしずめたまえ、

誰かの悲しみや孤独を癒させたまえ。

そうやって、少しずつでいいから、

この娑婆に、

思いやりを蘇らせたまえ。

 

合掌

 

 

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雨ニモマケズ :

 多数回の新年護摩祈祷、たいへんおつかれさまでした。私も元旦に初詣させていただき、「健やかで、安らぎに満ちた」一年をお祈りさせていただきました。

 本当に、衆生の日常は、喜怒哀楽に振り回され続け、苦しみ悲しみに打ちひしがれることもしばしば。
 お大師さまは、生きていながらにして仏に成れる、仏に成りきって生きよ、と唱えられるが、凡夫にはなかなかできません。
 そんな現実とは別次元に絶対的な存在があり、それを心の拠り所として念じることができるならば、やはり大きな救いであります。
 嗚呼、観音さま、どうか「この娑婆に、思いやりを蘇らせ」てください。
 合掌 
 南無観世音大菩薩


鎌倉の住人 :

年末年始から七草にかけて,とりあえずお疲れ様でした。

少し休んで・・・と言いたいところですが,そういうわけにもいかないようですね。

今年はご開帳の年でもあり,例年以上に忙しいとは思いますが,身体に気をつけて乗り切ってください。

雨ニモマケズ様

今年もどうぞよろしくお願いします。

お大師様にも「岐(ちまた)に臨んで幾たびか泣く」というお言葉がありますが、仏に成って生きるということの内実には、菩薩の苦悩するところを苦悩し、諸仏の厭うところを厭うということが、伴うと思います。

安らぎに満たされるほど、安らぎから追われている弱き存在への同悲の心が涌いて止まない。

欲望を満たそうとすると、弱き人の痛みに気がつかないのでしょうけれども、安らぎを満たそうとする祈りは、弱きもの同士の思いやりが働くに思います。

南無

鎌倉の住人様

有り難うございます!

ご開帳にも、ぜひお越しください。

封じられているお扉が開く、その時に、私たちの秘められている仏性が開く。秘仏のご開帳というのは、そんな自分との出会いの文化ではないかと思っています。

鎌倉の住人様も心願成就の良い年になりますように。

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