「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」
2010年2月アーカイブ
第一回 チベット問題勉強会のお知らせです。
日時:第1回 2/14(日) 13:30~15:00
場所:もんぜんぷら座 3階
今年の六月、長野の善光寺さんにダライ・ラマ法王をお迎えするに先立って、地元長野ではチベット問題の解決を願う若者たちの呼びかけで、チベット問題の勉強会が開催されます。
この勉強会では、素朴な質問に正しい情報を提供してくれる関連図書をもとに、Q&A方式で、下記のような日本人のだれもが抱く「チベット問題ってなんなの?」という初歩的な疑問に答えつつ、事実や問題の本質を一緒に学んでいける企画となっています。
- チベット問題とは何か?
- なぜダライ・ラマ14世はダラムサラにいるのか?
- なぜチベット人たちは命を懸けて亡命し続けるのか?
- なぜ彼らは自分たちの場所、チベットへ帰れないのか?
- なぜ、チベット支援をするのか?
- チベットにとって、3月10日、という日はどのような意味がある日なのか?
- チベットにあるお寺は現在、どうなっているのか?
- チベットのラサにある世界遺産のポタラ宮殿の入場料はいくらか?
宗教学者の島田裕巳さんが『葬式は、要らない』という本を出版し売れている(と、今朝の新聞広告に書いてある)。
実はまだ読んでいないから感想や書評というわけではない。
以前、島田さんの「戒名」についての本を読み考えさせられることが多かった。
氏はその後も私たち既成の仏教界・寺院に対して、概して手厳しい内容の書物を著しているから、今回もタイトルどおり、また新聞の大きな広告のとおりに、今日の葬送をめぐる寺院や僧侶また葬祭業者や、それらのビジネスに流されている現代人のあり方に対する批判的内容、そして「先進諸外国」との比較による『あるべき葬式』『新しい葬儀のスタイル』の提案であろう。きっと日本のお坊さんが嫌いなんだろうなあ。
そういえば、有名な白洲次郎さんは、「葬式無用、戒名不要」と遺言したという。かっこいい。
でも、遺族と親しい友が集まって酒盛りをしたという。それは、葬式であろう。
でも、彼を評して「風の男」って、それもある種の戒名であろう。
だから、葬式は必要なのだ、戒名も必要なのだ、と威勢よくこの本のタイトルに文句をつけようというわけでは、ない。
ただ、こうした批判の矛先になっている僧侶や寺院、または業者のあり方が、日本全国津々浦々の全部の僧侶や寺院、業者のありようではないと思うのだ。都市型の問題意識が、全国にすっぽり該当するわけではないのに、大手の出版社の広告や記事は、全国に行き届いてしまう。メディアは、あんまり無頓着に都市型の事象や問題意識を流してほしくない。それは「寝た子を起こすな」と言うのではなくて、現代的な観点や価値観にのっとって批判しようとすれば、地方の文化などは、どれもこれも批判できるし、また逆に、「これでいいのだ」と言う肯定がしにくいものなのだ。ことに若い世代は、都市型のモードや論理や価値観に沿っていき易いから、面倒な人間関係や手続きや知識を必要とする地方の伝統的な文化や習俗は、その意義を吟味する猶予もなくまるで「文化大革命」みたいになってしまう。
はっきり申し上げて、私は朝青龍のファンでありました。
身近で接したことがないから、この大横綱には「相撲に対する敬意」がないのか、はたまた「綱をしめるに足る品格」が備わっていないのか知りようがないけれども、テレビで見る限り、この方が土俵に上るとワクワクするわけである(あった、と過去形になってしまったが)。
きっと、こういう私のようなファンは「相撲道のナンタルカを知らない素人」だから、気楽なことを言っていられるのであろう。
多くの朝青龍ファンは、私のような「相撲道のナンタルカを知らない素人」に違いない。
逆に、「相撲道のナンタルカを知っている玄人」にとって、朝青龍と言う横綱は、許しがたい存在なのだろう。
この「ナンタルカ」を、朝青龍という人物は、多年に渡って蔑ろにし続け、玄人ファンのお相撲に対する感情も逆なでしたのだろう。
思うに、お相撲に限らず、日本の文化には、制約の厳しさがある。



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