「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」
2010年3月アーカイブ
先日、夜のテレビ番組で保護司が主人公のドラマを放映していた。
自分が保護司を任命されているせいもあって『へえ』と思いながらも、つい見落としてしまった。
保護司とは、犯罪を犯してしまった人の更正を支援する人である。
保護観察処分になった人や、仮釈放になった人など、いろいろとあるけれど、そんな彼らが社会的に、精神的にやり直し立ち直っていくのをお手伝いするのだ。
月に何度か会って話をしたりする。
今日は、チベットの人たちにとっては、とても大切な日です。
半世紀くらい前に、突然、「チベットはもともと中国の領土である」として、中国政府の軍隊が押し寄せてきて、不平等な条約や「人民の解放」を掲げて、それまで長い間守られてきたチベット人の暮らしを力で変えてしまいました。
世界の潮流は民主化であり、実は、「前近代的な制度」を維持していたチベットの人たちも、欧米人や日本人を招いて少しずつ国の制度改革を進めていましたので、共産主義に基づく社会改革に対しても、当初は辛抱強く従っていました。
ダライラマ法王御自身、「共産主義」には耳を傾けるべきものがある、と進んで学んでいたと述懐しています。
でも、自分たちの祖先が大切にしてきた信仰や、暮らし方を否定され、そのシンボルであるダライラマ法王の存在まで軽視された挙句に、その命まで危険になってきた時、人々は、「もう我慢できない」と、自分たちの伝統や精神文化の誇りをかけて、蜂起したのです。
それが、1959年の、3月10日、今日でした。
お香で国際協力!
今日は、ご供養のお線香一本が、世界平和のための香りにもなるというお知らせです。
『名香 四方僧伽』にはふたつの種類があります。
『名香 四方僧伽 仏陀の森』
インド産白檀をベースに、ヒノキのオイルや安息香などを加え、優しく穏やかな香気が特徴です。
約25g(約70本)入り。
『名香 四方僧伽 緑樹の苑』
インドネシア産白檀を主体とし、やや酸味を感じさせる鋭い香気が特徴で、比較的若い世代にも好評です。
約13g(約40本)入り。
お値段は『仏陀の森』が1,050円(税込)、『緑樹の苑』が525円(税込)なり。
このお香の魅力は、その香りの素晴らしさもさることながら、その売り上げが平和や貧困の解消のために活動する人たちの支援になってしまうことでぇす!
その活動をしている人たちは『四方僧伽』というネットワークで、今や日本も加わり、東南アジアから静かに確実にそして広く広く広がっている、仏教の精神に基づいた運動です。
↓チラシを鮮明にごらんになりたい方、どうぞ!
この頃、葬式が続いた。
年齢は90代の方ばかりで、99歳という方もおられた。
明治、大正、昭和、平成。
平坦でない時代は、こんな田舎に住む人たちの人生も、決して平凡なものにはしておかない。
いま、世の中に対していろいろと不平不満の多い私たちてあるが、このお年寄りたちの生き様を知るにつけ、不平不満はほどほどにしなくては、と思う。
「忍」という、いまや価値としては下落している徳において、お年寄りの中には、大変な力を持って生きてきた人がある。
今や少なくなった明治生まれの人たちには、特にそう感じさせられることが多い。
そういう人間的な力を、今はあまり評価しなくなったけれども、その生きてきた物語を聞かせていただくと、「これはもう十分すぎるほどに功徳を積んだねえ」と、私のような若輩の僧侶が引導を渡す必要などないくらいに、尊い魂の修行を果たし終えていると思われる方も多い。
このあたりでは、お葬式になると、ご家族の方がお寺にお願いに来てくださる。
葬儀の打ち合わせをするのであるが、その際に、主に喪主をつとめる方-むすこ・むすめ、時には孫、また時には親であることも・・・-に、亡くなった方のお話を聞かせていただく。
やんちゃな子がいない教室は、静かだ。
きっと、教壇からの先生の声は、教室の壁にこだましていつまでも響くだろう。
先生は、さぞかし、やりやすいだろう。
みんないい子、優しくて、思いやりがあって。
やんちゃな子ばっかりの教室は、どうよ。
きっと、ていうか、私の育った教室もそうだったが、教室の壁にこだまするのは、賑やかな子どもらの声と先生の「チィ」という声。
私の小学校の担任は、怒ると「チィ!」と必ず言った。
毎日、何回も、何十回も、「チィ」と怒り、げん骨を喰らわした。
げん骨は、今なら、新聞ネタだから、今ならあの先生は何回も新聞に載ってとっくに辞職していたかもしれない。
私は、自分を乱暴者だとは思わなかったが、おとなしいタイプでないことは確かだった。
でも、意地悪だとも思わなかった。
ただ、女の子には、あまり好ましく思われていなかったような気がする。
何しろ、先生が百回「チィ!」と怒鳴った場合に、そのうちの30回は私で、次の30回はサトシ君で、残りの40回の中にも、私は含まれていた可能性が高い。
他のクラスの父兄から、後ろ指を指されるほどのクラスだった。
まさに学級崩壊。
しかし、「チィ」という先生に食って掛かってばかりいたけれど、反抗的な態度も、今にして思えばひどいものではあったけれども、結局は、先生の器の中にいたのだと思う。
他のクラスの親が何を言っても、なんだか、お構いなく、好きなようにさせてくれていた。
その時々には、混乱も喧嘩もあったけれど、不思議とまとまりのあるクラスだった。
例えば、喧嘩をどこで止めに入るか、というラインが、他の先生たちと比べたら、かなり遅かった気がする。
喧嘩を未然に防ぐ気はさらさらなくて、少しくらい血を流してもぶつかって、その後、両者が自分たちで和解というか解決していくのを、腹をすえて見ていたように思う。問題を、自分たちで解決する力、これが重要だ。河合隼雄さんが言う「与えない愛情」とか「全力で何もしない」という教育態度がそこにはあった。
記者会見をして、乱暴ものがいる、なんて表明するのは、大人気ないのではないか。
子どもの喧嘩に親がしゃしゃり出ていくのは、やっぱり、情けないのだ。
そういうレベルではない、深刻な暴力なのだろうか。。。。。
ともあれ、よく分からないけれど、私たちの担任は、子どものエネルギーを、大きな度量で発散させてくれていたのかもしれないなあ、チィ、とか言いながら。
乱暴な子は、少しばかり元気なだけかもしれない。
名門中の名門に学びつつ、そんなエネルギーに溢れる子なら、将来は横綱やスノボーのチャンピオンになれるかもしれない。
「乱暴な男児」がいない教室は、静かだが、やはり、どうも、さみしい。
どうしたら、チィ先生のようになれるかなあ。



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