住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

ん?んんん?あっ!あった!

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恥ずかしながら、私は、師であり父である先代の住職から授かった数珠を、無くしてしまった。

ある時、ふと気がついたら、無かったのだ。

ちょうど、いろいろと忙しく、アッチこっちにといろんな関わりで出かけていた時期であった。

だから、あっちのホテルやこっちの駅や、あっちのお寺やこっちの住職に、「こんな数珠、見かけませんでしたか?」と探した。

しかし、相当に執着をもって探したが、みつからなかった。

もう1年半以上が経った。

 

先代に授かったものであるばかりでなく、駆け出しの僧侶として、はじめて手にした数珠であり、愛着があった。

愛着があったというと、坊さんとして矛盾しているといわれるかもしれないが、弘法大師も師である恵果阿闍梨さまから授かったものを大切にしている。

やはり、師資相承によって法の伝承があるからには、その象徴として、何らかの「形見」になるようなものが師より弟子へと授与される。(あの、親父さんは、まだ健在です、念のため)

駆け出しの僧侶として初めて手にしたものであるから、そこには初心を思い起こさせるものもあった。

それに、この数珠の数珠玉は、「星月菩提樹」といって、近年はだいぶ親しまれ出回っているが、それなにり値も張るものだ。

この星月菩提樹というのは、その実に特徴があって、確かに表面にひとつの大きな穴と無数の小さな穴があり、それがあたかも空の月と星のようであるというので、そんな呼び名になったとか。

しかも、この実は、使えば使うほど、白かった表面が独特の赤みを帯びるのである。

掌の汗が浸み込んでいくといってしまえばそれだけのものだが、自分が僧侶となって、一日一日と経を唱え、拝み、葬儀や法事には誰彼の霊を弔い、また真言宗の僧侶としては、何より御本尊を供養する様々な修法の際には、本尊と一体になる行においてその陀羅尼の数をとっていく大切なものである。

そもそも、数珠は、繰るものにして摺るものに非ず、といい、陀羅尼や念仏をたくさん唱える時の数を数えるものだ。

私の場合は、御本尊十一面観世音菩薩の真言である「オンマカキャロニキャソワカ」を唱える時に、百八編、千八十編と数えるのに用いる。

そうやって、毎日毎日繰り、手に握り、持ち歩いていると、これが深い赤い色に染まっていくのである。

それをありがたがっているとは、ますます坊さんとして執着が深いと叱られそうだが、本尊と自分をつなぐものとして、坊さんはとても大切にしているものなのだ。

 

それが、無くなってしまったわけだから、私の傷心推して知るべし。

 

確かに、非常に忙しい時期であった。

しかし、忙しいとは「心が亡ぶ」と書くとしばしば言うように、私もその多忙さの中で、大切な数珠をぞんざいに扱っていたのだろう。

というか、いろいろとアレコレ考えているうちに、大切な数珠をぽんとどこかに置き忘れてしまったらしいのだ。(というか、私にはこういう「どこかにポンと置いて忘れる」ということが実に頻繁にあり、外出するためにはまずどこかに姿を消した財布を捜す必要があり、女房の長い化粧の文句を言っていた私が、出かける寸前には女房に「また財布がないの」と叱られるのが常である)

 

 

ま、そのうちに出てくるだろうと、たかをくくっていた。

が、なかなか出てこないから、時には、必死になってあちこち探した。

それでも出てこないから、物に対する執着を捨てなくてはならない、と自分に言い聞かせもした。

しかし、替わりに使っている数珠が手に馴染まず、ついついその扱い難さに苛立ってしまったりすると、「ああ、あの数珠をなくしてしまったということは、おれ自身の何か大切な心が無くなってしまったという、象徴なのだろうか」と、深刻に考えさえした。

事実、僧侶として、住職として、初心を見失っていないかと問われたら、「坊さん慣れ」してしまっていることを認めないわけにはいかないのであった。

 

 

ところが、である。

 

今日、何となく、衣替えにそなえて冬物の白衣の支度をしていたら、その袂に何か入っているのに気がついた。

 

ピンと来るものがあるが、それを確かめるのがあまりに恐ろしい。

 

何しろ、この1年半、いや2年近く、大切なものをなくしてしまったという、情けない気持ちに繰り返し苛まれてしたので、このうえ失望するのはたまらないのである。

 

しかし、その白衣のたもとの「ふくらみ」は、非常に私の心をときめかせた。

ドキッとした。

 

あんなに探したのに、ここも見たに違いないのに、あるいは、ひょっとして、この白衣だけは見落としていた可能性は、百万分の一くらいは、あったりして。

 

と、一瞬のうちに、いろいろ考えた。

確信と疑惑と逡巡と。

 

しかし、私の手は思わず伸びて、まずはたもとを外から触ってみた。

間違いなく、数珠だ。

これが数珠でないとしたら、真珠のネックレスかもしれない。なにしろうっかり大切な数珠を失ってしまう私であるからには、うっかり真珠のネックレスを所有してしまう可能性も否定できない。可能性だけなら、うっかり億万長者になっている可能性もある。しかし私が真珠のネックレスを所有している可能性があったとしても、うっかりそれをこんなところに置いたままにして、それを女房が看過する可能性はゼロであると断言できる。したがって、これは真珠のネックレスではなさそうである。もはや、あの数珠に違いない。

 

しかし待てよ、あわててはいけない。

私の職業を考えても見よ。

他の人なら、数珠なんて一つ持っているかいないかだから、仮にこのたもとの数珠のようなものが数珠であったとしても、それが紛れもなくあの探し求めていた数珠であるかどうかは、見てみないことには分からない。

 

がしかし、そう自ら冷静を装いつつも、私の手はしっかりとその「重み」を確かめているのであった。

そう、星月の数珠は、同じサイズの数珠より重いのである。

そして、このたもとの中にある、それらしきものも、それらしい重さなのであった。

 

と、この間も一瞬のことであった。

 

人間というのは、一瞬間の間に、実にいろんな知的、感覚的、作業が出来るものなのであった。

 

私は、本当にゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

すでに僧侶の執着というレベルの話ではなく、取り乱しているといってよかった。

 

おそるおそるたもとに手を入れて、そおっとそれに触ってみた。

冷たい、星月特有の感触、そして重み。

 

私は手に取ったそれを思い切って袂から出してみた。

 

どうであろうか。

 

私は、それを確かにこの眼で確認し、この2年に及ぼうという月日を思いやった。

懐かしい、再会である。

お帰り、というべきかもしれないが、別に数珠は一人で出て行ってしまったわけではなく、私が不注意でこの白衣に入れたまましまいこんでいただけなのだから、ここはやはりごめんなさい、というべきなのだ。

 

この喜びを何に喩えよう。

 

私は、昼食時に、女房にこの苦節の物語とともに数珠の発見を感動秘話を熱烈に語ったが、女房は私の様子に大笑いしていた。

 

今でも信じられない。

私はもうどこかの電車なりタクシーなりに落としてしまって、今頃は処分されてしまっているに違いないと思っていたのだ。そうやって、人知れず、私が使い込んだ愛用の数珠が、他のごみと一緒に廃棄物になってしまっているのだと思うと、本当にやるせなかった。この諦めきれない執着と、もうだめだという挫折を抱えた複雑な感情が2年近くもやもやと私の中に巣くってきたのだ。

が、その諦めいたものが突然戻ってきたのである。

私の込み入った感情が、すううううっと、晴れていくのは不思議であった。

 

 

今日は、実に嬉しい日である。

(こういう記事を最後まで読んでくださる方は、高尚なる体験談より情けないエピソードを面白がって貴重な時間をうっかり無駄にしてしまうという点で、私とよく似ている人に違いない。何かに夢中になって大切なものを無くさないようにご注意ください)

 

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コメント(4)

初代シラスケ1世 :

カエシタバショガ、ワカッテクレテ
ヨカッタ、ヨカッタ。
ジャケットモ、ジュズモ、
キミノモノハ、ツカイココチヨガヨクテネ。
コンドハナニヲ、借リヨウカナ?


ほしの :

あの、数珠ですね!!!


日記を読んだ記憶を呼び起こしながら、もしかして…!?
とドキドキしながら拝読いたしました。

この時期に戻ってくるとは不思議ですね。
間に合った!!!という感じがしてしまいます。
日記を読んだ私にもいいことがありそうだなぁ~♪

初代シラスケ1世さま

合掌礼拝

ななんと、そうでしたか!

私のお数珠をお使いになっていたとは!

しかして、ひんぱんに行方知らずになる私の財布は、いったいどのようなご事情にてお使いになっているので?

使い心地がよい財布ということですから、中身ではなく、それ自体を何かに用いている?

枕?

今後とも、お見守りくださいませ!

再拝

ほしのさま

そう、あの数珠です!

ああ、今度は大切にしないといけません。

斯様な日記を読んで良いことがあったなら、ぜひまたお知らせください。

しかし、こういう出来事は、偶然と片付けるには、ちっと不思議です。

やはり、私の何らかの状態と呼応していると思えば、楽しいといいますか、人生は風合いが増しますね。

ほしのさんに「でてきますよおに」と拝んでいただいたお陰です(謝)


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