「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」
2010年12月アーカイブ
劉暁波の空の椅子 ※原文はこちら
サリル・シェティ
アムネスティ・インターナショナル事務総長
今年のノーベル平和賞授賞式には、一つの空席がある。威風堂々とした中、百年近い歴史をもつこの授賞式のために集まった大勢の招待客と要人らで埋まる会場で、本年度の受賞者である劉暁波の椅子は空いたままとなるだろう。
中国の基本的人権をめぐる、長きにわたる非暴力の闘いが称えられ、劉暁波はノーベル委員会のメンバーとともに、巨大なオスロ市庁舎ホールの壇上に席を並べるはずだった。彼はスピーチを行い、メダルと賞状を授与され、中国における法と政治の平和的な改革を呼びかけるはずだった。記念写真のためにポーズをとり、インタビューを受け、彼が立ち向かっている問題に対する、国際的な認識の高まりを束の間喜んだ後、家に帰るはずだった。
正直申し上げて
私は寒さに弱い
子供の頃はそう感じたことはなかったと思うが
30才ころからだろうか
冷気や冷たいものに触れると
ヒジョーに不快になる
これは修行が足りなくて精神が弛んでいるからだろうか
観音@ハツセ考
風に乗った種が飛来し、異国の大地に根づく。
今では珍しくなくなった花が、帰化植物であることを知り意外に思うことがあるように、風景に融け込んでしまった仏教もまた、外来種であり、いつか誰かが持ち込んだものだ。
最初の種が落ちたのはどこだったのか。
あるいは貴人の机の上だったかも知れないし、港の船乗りがそっと持ち込んだ異国の不思議なみやげ物として壁に飾られていたかも知れず、しばらくは大地に触れることもままならず、種は芽吹いて根を張るには、長い時間を要したのかも知れない。
果たして仏教は、いつ日本人にとって温かいものになったのか。机の上の書物の世界から、あるいは異国趣味の壁飾りから、いつ泥だらけの足でひざまずいて拝むものになったのか。



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