住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

白助翁のお墓

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我が家の老犬モコの散歩は、長老のお役目となっている。

が、70歳を過ぎた長老は、

一念発起して、

現在、四国八十八箇所を徒歩で巡礼中。

したがって、散歩の友不在の現在、老犬は散歩の時刻ともなると
『ワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワン(散歩せんかいこら、何しとんねんわれぇ)』

と、盛んに吠えるので、私と娘がこの要望に応えるのである。

犬は、決まったコースを歩くのが好いと聞いたこともあるが、

娘は、決まったコースが嫌いな性格で、

必ず『新しい道』をせがむ。

毎回のように違う道に進んでいくため、

モコはいささか戸惑った表情を見せることもある。

しかし、毎日のようにコースを変えてみたところで、近所なのだから選択肢も知れている。

そこで、今日はとうとう山に登っていくことになった。


長谷寺の裏山は、長谷山とも、篠山とも呼ばれ、標高は900メートルあまり。

むろん、そんな頂上まで登山していくわけではないが、

娘がモコのひもを取って、観音さまの裏山へとずんずん登っていくのである。

ほどほど登って、

「まあこんなところか」と、

私が息を切らして思うあたりで娘が納得するはずはなく、

「もっと行こう」と元気いっぱいの娘に、私も老犬も、いやはやと顔を見合わせながら、

今日はとうとう塩崎城址(白助城址)まで登ってしまった。

塩崎城は、

これがけっこう石積みなんかも残っていて、中世の山城としての気配を伝えている。

武田信玄も川中島の合戦で陣を張ったそうで、長谷寺も、実はここにあったと言う説もある。


私は、そんな歴史のロマンに思いをはせたいところであるが、

娘はそういう男のロマンなどお構いなく、

老いたモコがゼエゼエいうのもお構いなしに、

さらに山奥へと進んでいくのであった。

もう、大張り切りである(涙)

城址からしばらく行くと、実はもう白助さんのお墓はすぐそこだ。

長谷寺開基の伝説の人、白助の翁。

城址から10分も歩くと、林道に出、そこから5分も歩けば白助さんのお墓だ。

今朝までの雨で、あちこちの沢水で勢いよく水が流れくだる音がする。

青葉が午後の光に輝いて、鳥たちも鳴いている。

娘とモコと、白助翁の墓に詣でた。





そこは『寺平』という地名で、
周囲は「白助さんの一族と一緒にこの地にやってきた」
という伝承を伝える家の土地になっています。

息も絶え絶えの老犬と、娘と、私で、そこに座って、

ひと時、白助さんに思いをはせて手を合わせました。

その昔、最初に長谷寺が建てられた場所であるとも伝えられているところです。


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2015年7月

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