住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

2012年6月アーカイブ

観音さまの歌

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観音さまの歌


 観音さまほど古来から私たちの国で親しまれてきた仏さまはいらっしゃいません。その救いの心は、長い年月の間に日本人の文化の基層や私たちの心の深いところにまで染み渡り、根づいています。それだけにお寺ばかりでなく、実に様々な場所にまつられたり描かれたりします。


 なかでも、今様といわれる昔の流行歌や和歌、漢詩や俳句などに数多く歌われてまいりました。そうした中からいくつかご紹介したいと思います。古来の人が観音さまに寄せた想いや、今の私たちの心にも通じるものをお感じいただけるかもしれません。じっくりと声に出して読み味わってみてください。

 

●今様(中世の流行歌)

観音深く頼むべし

()(ぜい)の海に船うかべ

沈める衆生(しゅじょう)引き乗せて

菩提(ぼだい)の岸まで漕ぎ渡る



アメリカンインディアンの教え

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アメリカ・インディアンの教え

 

 子どもは批判されて育つと、人を責めることを学ぶ。
 

 子どもは憎しみのなかで育つと、人と争うことを学ぶ。


 子どもは恐怖のなかで育つと、おどおどした小心者になる。


 子どもは憐れみを受けて育つと、自分をかわいそうだとおもうようになる。


 子どもはばかにされて育つと、自分を表現できなくなる。


 子どもは嫉妬のなかで育つと、人をねたむようになる。


 子どもはひけめを感じて育つと、罪悪感を持つようになる。


 子どもは辛抱強さを見て育つと、耐えることを学ぶ。


 子どもは正直さと公平さを見て育つと、真実と正義を学ぶ。


ネイティブアメリカンの少年.jpg

千四百万年の寺づくり

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千四百万年の寺づくり

 

 「寺離れ」が進行する今日、私が地域における菩提寺の役割を考える時、いつも思い起こす出来事があります。私はこのエピソードの中に寺が蘇るヒントがあるのではないかと思っています。

 

 屋久島に、今は亡き宗教詩人の山尾三省さんを訪ねた時のことです。自ら軽トラックを運転して島内の案内をしてくれた三省さんは、「この車にエンストしないように走ってもらうには特別な技術が必要なのです」と笑いながらハンドルを握り、美しい滝やガジュマルの巨木、詩に描かれた東シナ海を望む浜辺へと連れていってくれました。詩人と一緒に水の流れや一本の樹を見つめていると、目の前に広がる景色が何かを語りかけてくるように思われました。


観音@ハツセ考

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観音@ハツセ考

風に乗った種が飛来し、異国の大地に根づく。


今では珍しくなくなった花が、帰化植物であることを知り意外に思うことがあるように、風景に融け込んでしまった仏教もまた、外来種であり、いつか誰かが持ち込んだものだ。


最初の種が落ちたのはどこだったのか。


あるいは貴人の机の上だったかも知れないし、港の船乗りがそっと持ち込んだ異国の不思議なみやげ物として壁に飾られていたかも知れず、しばらくは大地に触れることもままならず、種が芽吹いて根を張るには、長い時間を要したのかも知れない。


果たして仏教は、いつ日本人にとって温かいものになったのか。


机の上の書物の世界から、あるいは異国趣味の壁飾りから、いつ泥だらけの足でひざまずいて拝むものになったのか。

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再生の聖地ハツセに学ぶ 

-再生の決め手-


長谷寺の長谷はそもそもハツセという。


漢字を当てれば「果瀬」「泊瀬」「初瀬」と書く。


果は果てること、泊はとまること、初ははじまること。
終わり、とどまり、始まり――。


山深き谷あいの奥の、清らかな水が流れくだる何処かに、そのような特別な「瀬」がある。


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神に触れる

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神に触れる

 

詩人の山尾三省さんの「森の家」という詩の一節にこんな詩があります。


ご自分の子「閑ちゃん」が生まれたばかりのころの詩です。

 


やわらかな

 

閑ちゃんの体の熱がそのまま膝に伝わり 


嬰児(あかちゃん)とは

 

こんなにも温かなものであったことを 


あらためて思う

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