住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

2013年3月アーカイブ

その中の一人

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その中の一人


観音経には、こんな一節があります。

「人々が、金銀財宝を求めて大海に船出したところ、にわかに黒風が吹いて船が悪鬼羅刹の国に漂着してしまった」。

この短い一節は富を求める経済活動の危うさを語っていますが、まるで、私たち日本人の戦後の歩みをたとえているようです。

我が国は、戦後、希望を持って復興の大海に船出し、必死の努力をして荒波を越えて世界でも稀な豊かさ(金銀財宝)を手に入れました。

しかし、私たちの船は、いつの間にか「もっともっと」というむさぼりの黒い風に運ばれて、今や激しい競争と厳しい格差の社会(羅刹国)に漂着してしまいました。

観音経はこう続きます。

「その時、もしもその中の一人が、南無観世音と称えるならば、その人たちはみんな羅刹の難から逃れることができる」。

観音菩薩を呼ぶとは、その本願を活動させることです。

観音菩薩の本願とは、大悲心によって衆生を救うことであり、大悲とはマハー・カルナーすなわち大いなる同悲同苦の心です。

とすれば、羅刹世界に観音さまを呼ぶということは、奪い合いの世界に分かち合いの心、愛や思いやりを呼び覚ます、ということですね。

では同悲同苦を呼び覚ますとどうなるのかと言えば、観音経は「全員助かる」と断言しています。

つまり仏教は、観音の力つまり同悲同苦、愛には、奪い合いを直ちに停止させる力があると確信しているのです。

問題は、この羅刹国と化している我が国にあって、いったい誰が「その中の一人」となるのか、なのです。

政治家ですか?

立派な社会活動家ですか?

学校の先生ですか?

マスコミですか?

宗教家ですか?

いいえ、もちろん違いますね。

観音経は強く訴えているのです、あなたこそが「その中の一人」たれ、と。



お寺づくりには、基本的な宗教活動を中心に、寺に親しんだもらうためのイベントやら地域貢献活動やら、住職の社会的な活動など、色いろある。

特に最近は、伝統にあぐらをかくことなく、強い危機感を持った若い僧侶の先進的で問題意識に満ちた活動が目を引く。

凄いな、と思い、自分もガンバロー、と思う。

少しだけ、気になることがある。

それは、いろんな活動が、その寺の本尊の本願に適っているのかどうか、ということだ。

平成25年 3月20日 春分の日

長谷観音の長谷山から春分の朝日をおがもう!


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長谷山の東をのぞむと、真正面に菅平の根子岳と四阿山が二子山となって並んでいます。

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春と秋の彼岸には、その二つの山の真ん中から朝日が登ってきます。

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古来、再生の聖地として信仰されてきた長谷山から、冬が去り春の訪れを告げる春分の「再生の太陽」をお迎えし、その陽光を全身に浴びましょう。

期日 320日 春分の日

時間    午前     5時より法要@観音堂
                  530分より長谷神社に参拝して長谷山に登ります。

古代の人達も拝んだ春分の日の出。ぜひご一緒しましょう

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長谷観音の四季

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信州長谷観音の四季。

季節の写真と、少しだけ昔の写真。

いろいろな季節にお参りして、春夏秋冬、花鳥風月、観音さまが語りかける様々な『声』に耳を澄ましてみてはいかがでしょう。




皆さまのご参拝をお待ちしています。

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