住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

2015年2月アーカイブ

老婆の悲しみ。


3/15は長谷寺でお釈迦様涅槃図のお絵解き。

 

画像はお釈迦様にお会いしたいと願いながら、貧しさのあまり説法を聴く機会がなかったヴァイシャーリーの老婆。

 

思い立って、お釈迦さまの後を追って旅に出ました。

 

追いかけてもなかなか追いつかず、追いついたと思えば「お釈迦さまならつい先ほど発たれたよ」と人に言われてしまいます。

そうやって、何年もの月日が流れてしまいました。

どうしてもお釈迦さまに追いつけない悲しみの中、何度も諦めそうになりましたが、老婆は気持ちを奮い立たせて、老いた体でお釈迦さまを追い続けました。

 

何年だった時のことでしょうか。ある日、老婆はとうとう、一行の姿を見つけました。それはクシナガラの沙羅の林でのことでした。

 

「やっと会えた!」と老婆の心は喜びでいっぱいです。

 

急いで説法の場にかけつけると、どうでしょう。

 

「残念だったね、お釈迦さまならたった今お亡くなりになりました」と告げられてしまいます。

 

なんということでしょう。

何年も何年もお釈迦さまを慕って追いかけてきた老婆。

やっと追いついたというのに...。


 

図は、かけつけた老婆が、やっと追いついたのに、僅かな擦れ違いで今生で会うことが叶わなかった悲しみから、おみ足に取りすがって泣いている様子です。

この時、老婆が流した涙が棺を濡らして火が点かず、そのお陰で遠くからかけつけてきた弟子たちがみなお別れできた申します。



老僧は泰道坊の頭を優しくなでながら、気の毒な老婆の姿を忘れてはならないと語りかけ、幸福なことに、お前はこれから毎日お釈迦さまの教えのお経を読み唱えることができるだよ、と言われ、師は幼いながらも、この老婆を気持ちを忘れずに難遭遇の教えを宝物に学んでいこうと決意したそうです。



 

出会いということ、その一期一会の尊さをかみしめる思いを養うのもお釈迦さまの教え。

 

皆さまのお参りをお待ちしております。


お釈迦さまの侍者阿難=アーナンダ。


お釈迦さまの年のはなれたいとこで、お釈迦さまの弟子となってから、お釈迦さまがご入滅になるまでの25年間、ずっとおそばに仕えました。


彼は、非常に美しい顔立ちでしたが、そのために迷うこと多くしてなかなか修行が進まなかったともいわれます。女性に大変慕われてしまったということなのですね。


異性ないしは愛する人を前にして揺れ動くのはなにも阿難だけではありません。みんな、そうですね。仏教では、愛情は、愛執という執着として、その対象を失ったり与える愛に比べて相手が応えないことで生ずる苦しみが大きいだけに、むしろ善き心、安らかな心を求めるならば、手放すべき感情とされます。


阿難は、多分に情愛に深い人であったのかもしれませんね。細やかな気配りの出来る人でしたから25年も付き人が務まったのです。でも、お釈迦さまの身の回りのことに心を配ることに全ての力を注いでいたために、誰よりもたくさんお釈迦さまの説法を聞く機会に恵まれて「多聞第一」と称えられながら、修行はなかなか進まず、心は折々に動揺し、お釈迦さまにも『何度も話してきたではないか阿難よ』という、「やれやれ」感が漂う言葉が見られます。


しかし、この情けの深さがあってこそ、入滅の日まで、お釈迦さまにお仕えし尽くすことができたのでしょう。この阿難のお釈迦さまへの憧れ、恋慕の思いなくして、その珠玉のような言葉はこれほどに今日に伝わったかどうかわかりません。


お釈迦さまの旅に、いつも影の如くにつき従う阿難。
とりわけ、最期の旅の物語は、どこか阿難の物語としてさえあるように感じられてまいります。人生の灯としてお慕いするお釈迦さまが、日に日にその命の灯の小さくしていく晩年。旅から旅、いたんだお体をおして歩き続ける師の姿。そばに寄り添い、水をくみ、床をしつらえ、説法の場を調え、集まってくる人々を制しながら、確実に迫り来る別れの日に怯える阿難。


とうとう迎える入滅の日。


沙羅の林に身を横たえたお釈迦さまが、苦しみをこらえながら弟子たちに法を説く。


国宝の高野山の涅槃図は、この時、多くの弟子たちが滅を唱えるお釈迦さまを見届けるのに、ただ一人、その様子を直視できずに突っ伏している阿難を、その『背中』だけ描くという構図によって、見事にあらわしています。


下図は、長谷寺所蔵の涅槃図の阿難。



お釈迦さまが最後の息をして涅槃に入るや悲しみのあまり気絶してしまったのです。世の多くの涅槃図が、このかなしみのあまり気を失う阿難を描きます。


頼りなく、何度言い聞かせても悟れないダメダメな弟子。


しかし、お釈迦さまはそんな阿難を25年間、その最期の最期まで、そばに置きました。そこには、お釈迦さまの弟子に対する温かいお心を感ぜずにはいられません。


偉大なるお釈迦さまのすぐそばに、一生懸命つきしたがう人、阿難。


はるか遠くを歩むその人影に、私たちは深く共感してしまいます。


ああ、おれだよ、この気絶している男は。。。。


おお、私だわ、この意志薄弱な弟子は...


世のダメダメ諸君、阿難に会いに来てください。


阿難とともに、お釈迦さまの旅につきしたがい、阿難のように、全身を耳にしてそのお言葉に耳を澄ましましょう。