住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

一日暮らし

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一日暮らし

 

師走に入ると気持ちも急いてきますね。

年の瀬を迎えて、一年を振り返りつつ片づけなくてはならないことをあれこれ思うと、つい気持ちが焦ったりして落ち着かなくなります。

それもまた、日本人の一年のリズムといえばそうかもしれませんが、それでも静かな気持ちを見失いたくありませんね。

忙中に閑あり、という言葉は忙しい中にものどかな心持を見出し生み出していくことの大切さを言う言葉。

観音経にも、「其中一人」という言葉があって、みんながパニックになったり怒りや憎しみに我を失っている時、「その中の一人」が観音さまを呼ぶなら、みんなの気持ちが鎮まるというような教えがあります。

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今の世の中、世界中が、年がら年中師走のような気持ちばかりが焦ったり、怒りや憎しみでお互いに我を失っているような毎日に、私たちが「その中の一人」として、『閑』を見出し、思いやりや慈しみを呼び覚ましていくことが、とても大切なことであると思われます。

 

詩人の山尾三省(1938-2001)さんに「一日暮らし」という詩があります。

師走の始まりに、皆さまにこの「一日暮らし」をお贈りします。

仕事の手を休めて、お気に入り椅子やおコタツに腰を下ろし、行きつけの喫茶店でもいてですよ、いっぱいのお茶やコーヒーの味や香り、そのぬくもりを静かに楽しみながら、どうぞゆっくりと読んでみてください。

ふぅっと息をついて、一口のお茶がのど元からお腹へと染み渡るのを感じてみましょう。

街の音や、部屋の時計の音が聞こえてきますか。

鳥の鳴き声や葉の舞う音が聞こえてきますか。

胸のあたりの緊張が緩むのを感じますか。

しずかに、ゆっくりと、読んでみてください。

 

一日暮らし

                      山尾三省

 

海に行って

海の久遠を眺め

お弁当を食べる

少しの貝と少しのノリを採り

薪にする流木を拾い集めて

一日を暮らす

 

山に行って

山の静けさにひたり

お弁当を食べる

ツワブキの新芽と少しのヨモギ

薪にする枯木を拾い集めて

一日を暮らす

 

一生を暮らす のではない

ただ一日一日

一日一日と 暮らしてゆくのだ

 

       (『銀河系の断片』山尾三省 )

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