住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

四門の扉が開く時

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四門の扉が開く時

お釈迦様は王子として生まれます。

城の中で栄華と若さを誇り、そのとこしえを讃えられて暮らしていましたが、青年となったある日、初めて城の外に出ます。

先ず東の門を出ると、そこには、しわだらけて腰が曲がりヨボヨボのものがいます。

侍者に「あれは何者か?」と問うと「老人でございます」という。

「老人とは何か?」と問うと「人は皆、やがてああなります」という。

「私もか?」

「はい、王子様もやがて必ず」。。。。

その答えに愕然とした王子は城に引き返し、今度は南の門から出ます。

するとそこには顔色が悪くげっそりしてゼエゼエ臥せっているものがいます。

「あれは?」と問うと「病人でございます」。

「病人とは?」

「人は皆、そして王子様もやがて必ず」との答え。

ショックを受け城に引き返した王子は、次いで西の門から出ました。

するとそこには見るも無残なものが横たわっています。

「あれは?」と問えば「死人でございます、人は皆、そして王子様もやがて必ず」・・・。


栄華と若さを誇り、そのとこしえを讃えられていた王子は、この答えに戦慄して城に帰ります。

最後に王子は北の門を開きます。

するとそこにも見たことのないものが立っていました。

老病死の恐怖に震える王子は、その人の姿に心ひかれます。

「あのものは何か?」との問いに、侍者は答えました。

「老病死の輪廻の鎖からの解脱を求める修行者であります」と。

この瞬間、王子の中に出家の心が芽吹いたとされます。


さて、お釈迦様ほどの人が青年に至るまで老病死を知らなかったなどということがあるでしょうか。

むろんそうではありません。

この物語は、青年のある時に、お釈迦様の人生と人格において、魂において、老病死の問題が、はじめて切実な意味を持って立ち上がったことを伝えているのです。

私たち人生も同じです。

仏教というのは、青年のお釈迦様がそうあったように、私たちの人生において老病死の扉が開いた時に、俄然意味を持ってくるものなのです。

あなたの四つの門は、もう開いていますか?

それともこれからですか?


2016年3月

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