住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

アジサイだより

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信州さらしなの里も本格的な梅雨の季節。

しっとり、じっとり?と大気も大地も潤って、草木も青々としてまいりました。

毎年、すこしずつ信徒さんが寄進して下さるアジサイのお花も、年々大きくなり、今年も見ごろを迎えています。

雨の中もお参りもいかがですか?

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雨音に耳を澄まし、雨粒に瞳を凝らしていると、普段は思いもしないことが思われたり、考えもしないことを考えたりします。

アジサイの花々を愛でながら、時に語りかけながら、雨の境内でひと時を過ごしてみませんか。

   

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各地のお寺にアジサイが多いのは、お釈迦さまのお誕生を祝う際に供えられるアマチャと似ているからとか、その花木の成育の様、とりわけ花の蕾から開花そして落花までの移ろいが仏教の「諸行無常」を語りかける花であるからとか、あるいはまたお地蔵さまが手にする仏さまの大きな功徳のシンボル「如意宝珠」に似ているからなど、いろんな説があるそうです。

いずれにしても、芒種から夏至の梅雨の季節に降り注ぐ雨の中に、様々な色合いで境内をかざるアジサイたち。

私たちはどうして、この花に心惹かれるのでしょうね。

思えば、お寺の境内に足を運んで、その仏さまの空間でひと時をすごせば、ゆるやかに乾いた心が潤いをとりもどしてまいります。

アジサイの姿が私たちの心をひくのは、そんなふうに癒され潤っていく心が、雨に降られて喜んでいるアジサイの花と、「一緒だね」と共感しているからかもしれませんね。

仏典では、咲く、という字をもって「笑う」と読み、受けとめて参りますが、まさにこの雨の季節にお寺でアジサイを眺めれば、私たちの心も咲いているのかもしれませんね。








2016年8月

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