住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

東京盆

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717日 晴れ

ひさしぶりの更新です。


こうしてお寺のブログを書いていますと、時々「読んでいますよ」とのお声をいただき嬉しくなることがあります。

が、そんなお声は、よりによってというか、不思議とブログの更新が滞っているタイミングで耳にするのです。。。

怠けているわけではないのですが、バタバタしていると「書く」という気持ちが湧いてこないのでしょうか。

忙中に閑あり、と古人の言葉通り、心に余裕がほしいものですね。

 

先日は東京のお盆の時期に合わせて、東京や埼玉にお住まいの檀家さんのお宅にご先祖のご供養のおまいりに行ってまいりました。

故郷を離れて東京に住まいを構え、家庭を築き、子が生まれ育ち、今では孫、ひ孫の代へと時は流れ、そんな暮らしの中に、年に一度、田舎から菩提寺の住職が「こんにちは」とやってくる。

 

田舎の住職を迎えるとき、どんなお気持ちなのかな、と、思います。


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お盆というのは、先祖を迎えるわけです。

先祖が、帰ってくる。

考えてみると、その目には見えない、魂を迎える時、そういう存在をお迎えしようという気持ちそれ自体もまた日頃は忘れているわけですから、やはり帰ってくる、といえますね。

お盆には、先祖を迎える気持ちが帰ってくる。

普段あまり意識しないけれど、やはり、祖先の霊を大切にしたり敬ったりする気持ちというのは、日常的には「遠く」に行ってしまっていますよね。忘れている、わけです。

それが、帰ってくる。

気持ちが帰ってくると、なにか、風景も違って見えてくる。

見慣れていたはずの景色の中に、普段は感じなかった一本の木の存在に気がついたり、近所の人の暮らしに親近感が湧いたり、身近な人に「ありがとう」と言いたくなったりする。

先祖と一緒に、自分の中の、優しさや感謝のような気持ちも帰ってくる。

不思議なものですね。

皆さんも、先祖をお迎えすると、なにか自分の気持ちも中にも帰ってくるような、蘇ってくるようなものや感情があるのではないですか?

お坊さんの、仕事というのはいろいろあるわけですが、先祖をお迎えして供養するお手伝いをしながら、「帰ってきたのはご先祖さんだけですか?」と、お尋ねすることもそのひとつかな、とそんなことを考えた東京盆でした。

(住職記)

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