住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

2018年12月アーカイブ

ありがとうございました

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観音は近づきやすし除夜詣    虚子

 

この句は、昭和10年の大晦日に浅草の観音さま(浅草寺)にお参りした高浜虚子が詠んだものです。

 

いよいよ年の瀬を迎えて、除夜詣(二年参り)に訪れる人たちが集まってくる。浅草寺の賑わいが思われ、その賑わいの向く先は、江戸時代から庶民に親しまれてきた観音さま。

 

俳人虚子も、そんな賑やかな参詣人たちの一人になって参道を歩いていて、除夜詣に向かう人々を眺めれば、安心しきって観音さまへの参道の流れに身を任せている。どこの、何者に向かってお参りに行くのか、お参りをする心構えやら難しい理屈など何も心配することなく、夜店の明かりや、今夜ばかりは夜更かしを許される子どもたちの歓声が境内にこだまし、こんなにも安心してお参りをできることを、ふと不思議に感じる。

 

除夜と言えば、「闇を除く」すなわち、仏の教えや修行によって煩悩の闇や汚れをはらうことであり、新年を迎える習慣と仏の教えとが溶け合った日本の素晴らしい暮らしの文化ですね。でも、そんなことも何も考える必要とてなく安心してお参りできる。

 

そんなおおらかなお参りのなんと安らかなことでしょう。

 

観音さまは、あらゆる方向に向けて救いの門を開いておられ、普く人々、あまねく方向に開かれた門ということで「普門(ふもん)」の教えの菩薩と称されます。菩薩とは、仏教が掲げる人間の理想の姿ですが、それは自らの利益と、他者への利益とが一致する人、自利利他の生き方を目指す人の呼び名ですね。ですから、観音さまは、普く人々の癒しや救いを我が喜びとし、その喜びを我が修行としておられる方といえましょう。しかも、あまねき命をもらさず救いとらんという願いは、それ自体が果てしない、終わりなき大大大事業です。それゆえ、私たちの至らなさやダメダメさ、観音さまのことさえ知らない信心のなさも問わずに、その広大無辺の門を果てしなく、永遠に開いているのでしょう。

 

そんな広い広い心が、いつしか私たちを包み込んで、親しみやすい、近づきやすい存在として、浅草の観音さまのように私たち庶民を心が自然と向かうのでしょう。

 

いよいよ、年の瀬大晦日。

 

長谷観音のご本尊さまも、広い広い海のような、高い高い山のような、それらを全て包み込む空のようなお心で、皆さまをいつも、そしてずっと待っておられ、いつも、そしてずっとそばにおられます。

 

今年は、どんな一年でしたか?

 

辛いことも、悲しいこともあったでしょう。

楽しいことも、喜ばしいこともあったでしょう。

出会いがあれば、別れもあったでしょう。

得るものがあれば、失ったものもあったでしょう。

 

どんな日々も、私だけの、大切な一日一日として、いよいよ大晦日。

 

観音さまに除夜詣でして、一緒に善き年をお迎えしましょう。

 

今年もお世話になりました。

 

皆さま、本当にありがとうございました。

 

南無大慈大悲観世音菩薩

秘密の教え

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秘密の教え

 

「それはわしが教えておるものが、まだ、そなたにわからないだけのことよ」。

この言葉はファンタジーの傑作『ゲド戦記』の中で、偉大な魔法使いの先生が、駆け出しの、でも非常に才能のある弟子の若者ゲドに語ったものです。

ケドは偉い先生の弟子となれば、すぐにいろんな魔法が習えると楽しみにしていたわけですが、先生は山歩きをしたり自然を眺めたりしているばかりで何も教えてはくれません。

たまりかねてゲドは「早く教えてほしい」と教えを求めるのですが、先生は「もう教えは始まっている」と答えて、先の言葉を語るのです。


私は、この言葉と出会ったとき、私たちが学ぶ弘法大師の教えすなわち真言密教の「密」を思わずにはいられませんでした。

お大師さまが示されている世界、仏の世界は、極めて深遠で、それを感得するのは困難を極めるため、時にそれは「秘密の教え」とされます。

でも、きっとそれは隠されたものであるとか秘められたものというのではなく、ゲドの先生の言葉を借りれば、「私にはまだ分からないだけのこと」なのではないでしょうか。

思えば、そういう「分からないだけのこと」というものに人生は満ちていますね。

例えば「ご縁」というものの味わい。

若い人は、あまり「ご縁に感謝です」などと言いません。

でも、若いからご縁が乏しいとか何も縁がないというわけではないですよね。

家族や友人や地域や社会、さまざまな情報を始めとする文化等、一人の若者が結ぶ縁の広がりや働きは、大人と変わらず重々にして多彩です。

でも、若者は「ご縁て素晴らしい」なんてあまり言いません。

やはり、それは「分からない」のですね。

見えない、感じない、その意義に目が向かないわけですね。

縁はまざまざとそこに彼を彼たらしめながら生きて広がっているのに、彼の目にはそれは秘められている。

秘密、なのです。


そして、そのようにして「まだ分からないだけ」のことは、本当にたくさんあるに違いありません。

何歳になろうとも、今日、今、初めて分かる世界があるに違いありません。

私たちはいつも、秘密の扉の前に立っているのでしょう。


明日香 岡本寺 寄稿

お寺でご縁を。

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長谷寺を会場に、これまで3回開催されて参りました「ながのご縁を、長谷寺でご縁を」。

 

結婚を願う方の出会いの機会を作ろうと、地域の方が実行委員会を作って実施されていますが、今回、そんな思いを抱く方の親御さんたちのためのセミナーが開催されることになりました。

hasedera@gol.com_20181211_085503_001.jpgのサムネール画像

 

応援したいけど、どうしてよいか分からずに悩んでいる方、お子さんの気持ちを思いやれば親の思いばかりで空回りしてしまうこともあるでしょう。いろんなお気持ちから悩んだり、親子の間でも、時にはぶつかってしまうこともあると思います。

 

そんな時、どうしたらいいのか。

 

どんな言葉がけが良いのか。

 

多様化の時代で、人生の歩み方も一様でなくなったとはいえ、伴侶と出会ってほしいと願う親としての気持ちを抱く方も少なくないでしょう。

そんな親心を痛いほど感じながら、仕事が忙しく、なかなか一緒に考える機会も作れないご当人たちの悩みもあるようです。

 

一人で悩まずに、思い切って、専門家のお話をお聞きになってはいかがでしょうか。

 

親子の関係作りも含めて、いろんな気づきがあると思います。

 

詳細は、下記の画像をご覧ください。



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