住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

長谷寺: 2011年11月アーカイブ

高田松原の松

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一本だけ、残った。


木石に、


言葉をかけることを笑う人もあるでしょうが


この半年、


あなたから、


どれほどの人が、


どれほどの励ましを得たでしょう。


あなたがそこにいてくれたので


悲しみばかりの私たちの大地に、


希望の芽が萌しました。


この半年を、


遺された人を勇気づけるために樹ち尽くし、


そして今からは、


先立った魂の浄土に


我らの祈りを伝え咲かす若葉となって


あなたはゆくのでしょう。


わたしたちも、


この悲しみの大地に、


青葉尽きるまで


いつか、


先立った魂のもとにゆくまで。



ありがとう。


(画像はお世話になっている先輩から)


喪中葉書

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今日、一葉のハガキが届いて言葉を失った。

喪中のハガキ。

それは、20年ほど前に、大変お世話になった方の死を告げるものだった。

つい半年ほど前に、メールでやり取りをし、昨年にはお会いしていた。

夏には、その方が働いていた事務所の前まで行きながら、姿が見えないのは仕事に出かけているからと一人合点し通り過ぎた。

にわかに信じることができなくて、20年前の当時に一緒に世話になった友人に電話をした。

その電話は結局、はがきの内容を確認するものとなった。

昨年の長谷観音の御開帳にも、わざわざお越しくださっていた。

「年取って、いよいよって時になったら長谷寺で庭掃きをして過ごしたいなあ」

そういって楽しそうに笑っていた笑顔がよみがえる。

迂闊。

不覚。

そんな言葉がよぎる。

体調が悪いということは耳にしていた。

Facebookの写真も、少しやせたかな、と思ったこともあった。

そういう消息を思うことがちゃんとありながら、

この夏に事務所の前を通り過ぎてしまった不覚。

しばらく前にも、一緒に巡礼をしていた方の訃報を耳にして驚いたばかり。

その方も、体調がすぐれないこと、復帰も難しいことを、かねがね伝え聞いていたのに、

見舞うこともできなかった。

最近、しきりに実感を伴って胸に残る言葉がある。


遅れ先立つ。


本当に、そうだと思う。

であるからこそ、遠くに住まう人であれ、身近な人であれ、その時の出会いを大切にしないと。。。

こんなことを書き込みながらも、そのはがきを何度も手にとって、奥様の名で記された文面を読み直している。

生前のご厚情に深く感謝し...。

いや、厚情などとはとてもいえない、うかつな薄情。

一期一会。

遅れ先立つこの世であるから、もう一度この言葉をかみしめている。

一枚の喪中葉書を手に取りながら。
メキシコのメキシカリという街の学校で、日本語を学ぶ学生さんたちから、

被災地の子供たちに、メッセージ。

温かい気持ちになります。



長谷寺の檀家さんのTさんが、

長い間、メキシコで日本語を教える方と交流をしていて、

そのご縁で、

以前、住職が志津川の保育所に、

メキシコの学生たちが復興を祈っておった千羽鶴を届けたことがありました。

今回は、日本語のメッセージ。

もう園児さんたちのもとにも届いているとのこと。



ありがとう。

昔の観音堂

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部屋の片づけをしていたら、こんな写真が。

大正時代から昭和の初めにかけての観音堂です。

観音堂.jpg
そして仁王門と、鐘撞堂。どちらも、屋根の風情がいいですね。

仁王門.jpg

鐘撞堂.jpg
一緒に写っている皆さんの姿もいいですね。

ここに写っている人は、きっとどなたか、地域の長老たちのお父さんやおじいちゃんたちなのでしょう。

もし、これをご覧になって、皆さんのお宅に、古い時代の長谷観音の写真がありましたら、ぜひお知らせください。

昔の境内の姿を、少しでも伝えていきたいですね。

2015年7月

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