住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

長谷寺: 2014年4月アーカイブ

震災義捐金

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ご報告

 

長谷観音に参拝結縁の皆さまからお寄せいただいております震災義捐金。

 

宮城の登米市のお寺の奥様で、被災者支援チーム「TEN」の代表として奮迅の菩薩行にまい進する杉田史さんを通じて被災地の皆さまに送らせて頂きました。


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募金を寄せて頂いたみなさま本当にありがとうございました。

 

こちらは杉田さんの「TEN」のホームページとその活動ぶりを伝えるブログです。

ぜひご覧ください。

 

TENホームページ

ブログ「晴耕雨読で和顔愛語

 

 

長谷寺では、今後とも募金を継続してまいりますので、皆さまにはご協力のをよろしくお願い致します。

 

あれをみよ

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あれをみよ

 

桜の季節。

あちこちに美しい桜の花が咲き誇る春を迎えていることでしょう。


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春は農業も始まり、入学、入社と、何事につけ始まりの季節でもありますね。

街を歩けば、大きすぎるランドセルのピカピカの一年生や、ネクタイもスーツもぎこちない新入社員を見かけます。

みんな頑張ってほしいですね。

 

お坊さんたちの修行も近年は春から始まります。

発心出家に時節がらなど関係ないように思いますが、そこは世の習い、学業や仕事に一定のけじめをつけて修行道場の門をくぐるのです。

昔ほどではないとはいえ、便利で行き届いた現代生活から飛び込む僧堂生活は厳しいものです。

 

ある若者が、出家しようと意を決して師と仰ぐ僧侶を訪ねました。

これから厳しい道場に向かうのです。

ひと言、励ましの言葉、はなむけの言葉を乞いました。

すると師は、黙って筆を執り、短冊にさらさらと歌を書いて渡してくれたそうです。

そこにはこうありました。

 

あれをみよ 深山の桜咲きにけり 真心尽くせ 人知らずとも

 

あれをご覧、深い山奥に、人知れず咲く桜がある。

誰に愛でられることもない。

しかし満開に咲いている。

桜は、誰かに見られ褒められたくて咲くのであろうか。

違うであろう。

人知らずとも、精一杯咲くのである。

お前はどうか。

 

仏道修行に限らず、私たちは弱く、褒められれば頑張り、誰も見てくれなければやる気も萎みます。

どんなに頑張っても、誰も気がついてくれず、誰も褒めてくれないことばかりですね。

家事とか、地道な仕事など、心が折れそうになることばかりの毎日です。

むしろ、人生とはそんなものといえます。

しかし、人が見ていないからといって、咲くのを止める桜があるでしょうか。


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さあ、思い浮かべてみてください。

あの山のそのまた山の奥ふかくに、人知れず咲く満開の桜を。

皆さんも、それぞれの深山でどうぞ真心尽くして咲きましょう、人知らずとも!



画像はWelcome to PINE HILLさまのサイトより


思いやりの誕生日に-花つまり-

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思いやりの誕生日に-花つまり-

 

梅が香り、桜が咲き、桃の開く春を迎えると、お釈迦様の誕生日、四月八日がやってきます。

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暦の妙か、辛い冬が去っていっせいに花々が咲くこの季節に、お釈迦様はお生まれになるのです。

私達の仏心もまたそうかもしれません。

冬なくして花が咲かないように、悲しみを知らず、苦しみも知らずして、仏心が生まれることはありません。


チベットには、泣き虫菩薩と呼ばれたみじめな菩薩が、何を見ても聞いてもめそめそと涙をこぼし、そのこぼした涙が水溜りとなり、次第に池となり、やがて大きな湖になると悲しみが極まって大悲観音菩薩になったというお話しがあります。

悲しいという言葉は「かなわない」に通じ、力の及ばない、ちっぽけな存在であるという嘆きの言葉とされます。

しかし、この悲嘆が極まって悲しみの自己中心性がはじけ、人間という存在の普遍的な悲しみに到ると、他者の悲しみを真に分かち合う大いなる悲しみ(=思いやり=観音性=大悲)に深化するのだと思います。

言うまでもなく、今もなお、私達日本は深刻な苦難と深い悲しみの中にあります。

東日本大震災がもたらしている悲しみ、とりわけ被災地の人々の悲しみの深さは、3年が経過した今になっても、計り知れません。

圧倒的な自然がもたらした破壊の傷跡の前で、私達は自らの無力さに打ちのめされています。

そして、手に負えない放射能の前で途方に暮れています。

花まつりは誕生仏に甘茶をそそいで祝う日ですが、あの日のことを思い出し、皆さんと共に被災者の悲しみをあらためて分かち合い、犠牲者追悼を祈り、被災された方々の心身の、そして地域社会の復興を共にお祈りしたいと思います。

お釈迦さまの誕生日である今日を、いつか心から春の花を共に愛で合う日まで被災地の方々と共にあることを誓う「思いやりの誕生日」とし、小さな我が仏心に涙をそそぎたいたいと思います。

 

2015年7月

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