住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

長谷寺: 2015年9月アーカイブ

長谷寺秋分祭2015

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いのり、きづき、であい、あそび。

長谷寺秋分祭


おかげさまで無事に終了しました。

皆さん

また来年もあいましょう!



フリーマーケット「ポタラ市」。

う長谷観音で秋のお彼岸に開催するようになって、20年くらいになります。

途中、中断していた時期もありましたが、この秋分祭とともに復活して、お祭りのひとつの顔でもあります。

 



ポタラ、という言葉はチベットの言葉で「観音さまの住まい」とか「観音浄土」を指します。

日本語にも、「補陀落(ふだらく)」という言葉として用いられていますから、ご存知の方もあると思います。

補陀落は、やはりインドのサンスクリット語である「ータラカ」の音写ですね。

インドからのお経を漢訳する際に、昔の中国の翻訳者たちが漢字を当てました。

この補陀落は、日本の有名な観光地にもありますが、ご存知ですか?

そう、日光ですね。

日光の神社の名前は『二荒山神社(ふたらやま・神社)』といいますが、この「ふたら」は「補陀落」から来ていると言われます。

つまり、あの美しい大自然、厳しくも自然な自然の宝庫である日光の山並みや中禅寺湖の一帯は、大昔から日本人にとっては特別な聖地だったわけですが、仏教伝来とともに観音さまの浄土としての信仰が強くなって、いつの頃からか「ふたらやま」と呼ばれるようになり、それがやがて音読みで「日光」と読み慣わされるようになったものと思います。
ともあれ、このようにポタラとかポータラカという言葉は、姿を変えて日本人の文化に融けこんでいるわけですが、観音さまはそもそも人々のために三十三(無限)に姿を変じて救済活動をするという誓いを持っておられます。

長谷寺のポタラ市も、観音さまの寺の境内で、人と人とが出会い、楽しみを分かち合う時、そこには観音さまの浄土、つまり「慈悲の世界」「思いやりの世界」が現れていると思って名づけられました。

今年もまもなくポタラ市の開催です。

ぜひ皆さん遊びに来て下さい。

※映像は2012年のものです。

長谷寺秋分祭の大切なテーマは「祈り」。

いのり、とは、いのちの祝詞、という意味が込められた言葉で、天地神明や祖霊に「私たちは一生懸命生きて参ります」と宣言(祝詞)をすること、とも言われています。


厳しい自然環境の中、生きていくのは大変なことでした。


病気もあるし、子供の多くが、生まれて間もなく命を落とし、無事に大人になるのは本当に大変なことでした。そんな生きること、生存の厳しさの中で何万年もの間、私たちの祖先は生き抜いてきたのです。


ですから、そもそも「祈る」という行為には、様々な生存の困難に囲まれていても、私たちは何とか生きて参ります、どうかお守りください、という思いがこもっているのではないでしょうか。


秋分祭に毎年参加してくれる「あやぱに」の皆さんは、八重山地方に伝承される民謡を奉納してくれます。


民謡は、いつの頃から唄われたものかもうわからないほど古くから伝えられ、歌そのものの中に祖先の祈りが込められています。祈りばかりでなく、かつて生きてきた数えきれない人々の生活、働くこと、恋、泣いたり笑ったり、懐かしんだり、嘆いたり。そのようないろいろな思いがこもっています。
長谷観音からは遠く2000キロも離れた島々に歌い継がれてきたものですが、今こうして目の前に聞くと、浜の香りや、波の音や島を渡る風の音までが聞こえてくるようです。


皆さんもぜひお聞きにお越しください。

あやぱにさんの登場は9/22の午後4時頃です。



長谷寺秋分祭

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長谷寺秋分祭は東日本大震災を機に鎮魂や息災を祈って始まりました。

今年はネパール災害支援のためのバザーや写真展もあります。

あらためて原点に立ち戻り皆が参加出来るお祭りを目指しています。


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長谷寺の寺庭(住職夫人)である岡澤恭子は、お釈迦さまの涅槃図の絵解きをしています。
長谷寺の涅槃図の修復(平成10年)を機に始めました。
最初は、お寺の涅槃会(信州では「やしょうま」といいます)で、参拝される方に少しずつ絵解きしていましたが、ご覧いただいた方の口づてご縁が広がって、最近では県内外のお寺やいろいろな研修会などにお招きいただいて、絵解きをさせて頂くようになりました。

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お釈迦さまが亡くなる時の様子を一枚の絵に描く涅槃図。
そのたった一枚の絵から、お釈迦さまの誕生、成長、出家、お悟り、そして弟子たちとの交流、やがて80歳での大いなる死、涅槃。その人生の物語を語る絵解きを通じて、私たちはお釈迦さまその人を思い、またその教えに出会います。
私たち誰しも、生まれ、生き、老い、病み、そして死んでいく人生の中で、家族や伴侶、友たちとの出会いがあり、喜びがあり、また別れの悲しみがあります。
それぞれ掛け替えのない、人生の物語と、お釈迦さまの人生の物語が、絵解きを通じて響きあいます。

宗教学者の釈徹宗先生から、メッセージを頂きました。
絵解きの魅力が示されています。
お読みください。


【おススメの言葉】

開ける視界、物語る仏道釈徹宗 仏教における「絵解き」の起源は古く、すでに紀元前から、仏跡や寺院に装飾されたレリーフなどを使って、仏陀の伝記や前生譚が語られていました。その語りは大乗仏教発祥の一因になったともい...

Posted by 絵解き 涅槃図 ~お釈迦さま最後の旅~  on 2015年9月6日

長谷観音和讃

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和讃とは、仏さまやその教え、また各地の霊場のありがたいご利益を、親しみやすく、唱えやすい調べによって作られたものです。

奈良県の長谷寺に伝えられる「日本国長谷寺観世音縁起和讃」は、奈良の長谷観音の縁起を伝える江戸時代からの和讃ですが、この中の一節に、当山のことが詠われています。

ご紹介しますので、ぜひお読みください。


奈良長谷寺所伝「大日本國長谷寺觀世音縁起和讃」より

舒明天皇の御宇(ぎょう)とかや             

信濃国の更科に

白介翁(しらすけおきな)といへるあり      

二親(にしん)の菩提を善光寺

阿彌陀如来に祈りしに                         

大和国(やまとのくに)の長谷寺は

諸佛集會の霊地なり                           

かしこに行て持念せば

汝が所願滿つべしと                            

如来の告(つげ)を蒙りて

はるばる尋ね来て見れど                                

更に佛もましまさず

住人もなき山中に                               

光を放つ處あり

其所にて念誦怠らず                           

一夜(あるよ)の夢に生身(しょうしん)の

十一面観世音                                    

感見してより不可思議の

利益に預り富榮へ                              

五萬長者と世に呼れ

彼の観音を造立し                              

新長谷寺と號けけり

翁の願力彌陀如来                             

観音薩埵の擁護にや

千年(ちとせ)の後の今に尚                  

霊験あらたにおはします

以上です。

奈良長谷寺は、真言宗豊山派の総本山であるとともに、奈良時代の昔から、人々の信仰を集めてきた名刹中の名刹、霊場の中の霊場です。


その名刹と信州長谷観音の深いゆかりを伝える和讃。

今は知る人も、唱える人もいなくなってしまったこの和讃ですが、和讃には、観音様に寄せた先人たちの信心が込められていますので、大切に伝えていきたいですね。


2015年10月

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