住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

さらしなルネサンスの最近のブログ記事

信州長谷観音は、さらしなという土地にありますが、このことは、とても大切なことだと思います。

 

日本の文学史や精神史において、「さらしな・おばすて」を場として醸成されてきた文学性、精神性、あるいは宗教性、美意識というのは、非常に重要なものであると思うからです。

 

日本の古典文学の中心の柱となるのは和歌だと思いますが、この和歌の世界において、多くの歌人たちが究極の歌として尊重し、重視するのが、「わが心慰めかねつ更級や姨捨山に照る月を見て」という読み人知らずの名歌です。

5.jpg



この歌は、またより多くの歌を生み、謡曲や俳句へと大きな影響を与えてやみません。

多くの歌人、俳人、文化人、芸能者たちが、この歌に心惹かれて更級・姨捨の地に憧れ、訪ねてきました。

 

そこで、人々は、わがかなしみをしのび、慰めんと月を見るのです。

その月に照らされて、いよいよ深まるかなしみにしずんでゆくのです。

人々は、この「さらしな」で人間の「かなしみ」という感情について探玄したのでしょう。

このかなしみの聖地で、ひとはわが悲しみを歌い、わが嘆きを舞ってきたのです。

 

長谷観音の開基伝説「しらすけ物語」も、その冒頭は「信濃の国更級郡、姨捨山のほとりに...」とはじまりますが、これは有名な姨捨伝説を伝える「大和物語」の始まりとよく似ていて、おそらく、信濃の国更級郡姨捨山の、というある種の枕詞によって、昔の人の中に、悲しみを中心とするある種のイメージや感情が立ち上がったのだと思います。

「しらすけ物語」の主人公もまた、かなしみを抱える貧窮孤独の孤児でした。

 

長谷観音信仰は、長谷信仰、再生信仰をその基調とするものと考えられますが、その信仰の背景として、さらしなという土地の持つ特別な意味性があり、またさらしなという土地に寄せる、古代からの日本人の強いイメージがあるのだと思います。

 

昨年の秋、この「さらしな」の魅力を復興しようという取り組み「さらしなルネサンス」が始まりました。すでに更級地区(旧更級郡エリア)で先行して取り組まれている様々なプロジェクトと連携しながら、広く「さらしな」の魅力を世に伝えていこうという運動です。

そのキックオフのイベントが11月に千曲市上山田で開催され、記念に竹内整一(東大名誉教授)先生の講演会が開催されました。

竹内先生は、「やまと言葉」が今に伝える日本人の精神性や宗教性をさかのぼり探求される方です。

 

先の「わが心慰めかねつ更級や姨捨山に照る月を見て」を中心に、更級・姨捨で歌われた言葉を深く追いながら、更級の魅力の秘密に迫る素晴らしい講演です。

 

ぜひお読みください。

竹内整一先生講演会のサイトへ

2015年7月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

アーカイブ