住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

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長谷寺では恒例の釈迦涅槃図のお絵解きをいたします。

皆さまのご参集をお待ちしております。

3月15日はお釈迦さまがお亡くなりになった(入滅された)日。

沙羅双樹の間に身を横たえ、諸仏や神々、弟子や友人や動物たちに囲まれて、

最期の法を説きます。

沙羅の樹には時ならぬ花が咲き、天からは妙なる音楽が聞こえてきました。

お釈迦さまのご誕生から、青年時代の修行や、多くの人々との出会いと別れ。

真理を求め、人々とともに、悩み、喜び、歩んだ80年のご生涯。

たった一枚の画から紡ぎだされる大いなる魂の旅路。

耳を澄まし、心を遠く2500年前に羽ばたかせて、お釈迦さまに会いに行きましょう。

 

涅槃図1.jpgのサムネール画像

お絵解き「釈迦涅槃図」

-お釈迦さまのご生涯-

日時 3月15日  

  ①午前10時より 

  ②午後2時より

場所 長谷寺庫裏

口演 岡澤恭子

      (住職夫人)

会費・入場料などは不要です。どなたでもご参加できます。

お寺の庫裏にはストーブがありますが、まだまだとっても寒いです。温かいお支度でお越しください。信州ではこの日を「やしょうま」といいますね。手作りの「やしょうま」のお供え持ち寄りも大歓迎です。

お子さま連れのご家族の方、子どもたちの「干支」の動物もお釈迦さまの画の中にいるから、一緒にお参りして自分の干支の動物たちがどんな姿かじっくりお参りしてくださいね。

皆さまのお参りを心よりお待ちしております。長谷寺 住職合掌

 

 

 

 

長谷寺 観音堂 額

長谷寺の観音堂正面に掲げられる額はいわゆる鳩文字という書体である。古い観光ガイドには「空海の書か」と書かれていたこともあるが、さすがにそれはない。

この額は観音堂が再建された当時に設置されたものであると考えられる。書いたのは当時の京都仁和寺の第27代のご門跡であった守恕法親王さま。

京極文仁親王のお子で、宝永3年(1706)誕生、稲宮と称する。享保3年(1718)霊元院の養子となりって親王宣下(諱は周典)、入寺得度されます。遷化24。なんともお若くして遷化された親王さまである。

今年最初の古文書調査が行われた。10年ほど前から断続的に行われている。

長谷寺は江戸初期までの記録に乏しい。おそらくこの頃に大きな火災に遭っていると思われる。しかし、その後は火災はないので、近世江戸時代の文書類は、聖教・次第・手紙ながたくさん残っている。幕末の住職がかなり整理した形跡があるが、明治以降は管理もおぼつかなく、蔵を解体したりして文書類の保管場所も定まらずバラバラになっていた。

2008年4月

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