住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

住職の独り言の最近のブログ記事

お寺というところは、祈り、学び、気づき、出会いがある場所であってほしいといつも思っています。

 

そのため、祈りの法要だけでなく、法話の会や講演会、そしていろんな楽しいイベントも開かれます。

 

でも、そういう癒しや安らぎ、喜びを分かち合う場所であると同じく、あるいはそれらに増して、お寺は老病死について、考える場所です。

 

お釈迦さまは、この老病死に生まれ生きることを加えた生老病死を『苦』ととらえて、その苦しみを見つめ、その原因を尋ね、それを乗り越えていく道を求めた方でした。


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そんなお釈迦さまの『道』を伝えるのがお寺ですから、いくら「地域に開かれた明るいお寺」を標榜しても、お寺である以上、陰気になってしまう話、出来れば避けたい話、楽しくない話しがたっぷり詰まっているといってもいいでしょう。

 

そんなんじゃ、行くたびに気が滅入るわけですが、私たちの人生には光と影があり、光り輝く青春時代があれば、やがて老いて死んでいくという、人生の夕暮れから夜への過ごし方を学ぶ場も必要なのですね。

 

そして、身近に、そういう場所があるということは、実はとても素晴らしいことなのではないでしょうか。誰かの老い、誰かの死、という三人称のお話として考えるのではなく、私の老い、私の死、という一人称、あるいは自分にとってかけがえのない家族や伴侶という「あなた」の老い、あなたの死、という二人称の老いや死として向き合い、思いを深めたり、また分かち合ったりする場所。それは、必ずしも楽しいことではないかもしれません。でも、パックツアーで名所観光だけした旅より、じっくりと旅先の街の裏道を歩いてその土地を味わう旅のように、人生の味わいは深まるように思います。

 

その味わいが深まるほど、楽しさや喜びを、身の回りにたくさん見出せるようになるのではないでしょうか。

 

これからは、そんな気づきや語り合いの場も、少しずつお寺に作っていけたらな、と願っています。

長谷寺秋分祭には、いろんな「表現」の花が咲きます。 


歌、踊り、絵画、それらアートだけではなく、マルシェには食べ物、飲み物、それから手作りの雑貨や小物たち。それぞれ表現する人、作る人の、真心が花咲いています。 

そんな中で、素敵な身心ケアのセルフマッサージのワークショップが開かれました。

住職も参加し、短時間でしたけれど、実際に自分の体を触りながら、いろんなことに気づかされました。

フェイスブックの記事ですが、よろしければご覧ください。


観音@ハツセ考

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風に乗った種が飛来し、異国の大地に根づく。今では珍しくなくなった花が、帰化植物であることを知り意外に思うことがあるように、風景に融け込んでしまった仏教もまた、外来種であり、いつか誰かが持ち込んだものだ。

最初の種が落ちたのはどこだったのか。

あるいは貴人の机の上だったかも知れないし、港の船乗りがそっと持ち込んだ異国の不思議なみやげ物として壁に飾られていたかも知れず、しばらくは大地に触れることもままならず、種は芽吹いて根を張るには、長い時間を要したのかも知れない。


果たして仏教は、いつ日本人にとって温かいものになったのか。


机の上の書物の世界から、あるいは異国趣味の壁飾りから、いつ泥だらけの足でひざまずいて拝むものになったのか。

いつかある時、種は机から転がり落ち、壁から離れて、このジメジメとした大地に、めまぐるしい気候によって稀に見るほど発達した自然観を心底に横たえる日本人の大地に、落ちたのだ。


僕は、ひとつ、おぼろげにその「時」の様子を思うのである。


種は、観音と呼ばれるものであり、大地は、ハツセと呼ばれる土地であった。

机の上では、観音はまだ千変万化を誇る外国の神に過ぎなかった。

壁飾りでは、観音はまだ金色がまぶしいだけの意味不明な異形な人形に過ぎなかった。


その種が、ハツセにこぼれ落ちた時、種はそこが自分の居場所であるかのように根を張り、大きく大きく育っていくことになった。そしてあっという間に、その観音という巨木は、ハツセという大地をその大きな根で覆い隠してしまった。


やがて人は、そこに聳える観音の巨躯に目を奪われて、そのあたかも何万年も前からそこに鎮座しているような堂々たる存在が、どこに立っているのか忘れてしまった。そこに立っているからこそ、小さな種は巨樹になりえたというのに...。

 

ハツセは、泊瀬。そして初瀬。


清らかな谷川の奥へとさかのぼれば、やがて狭まる谷あいのその奥に、水の流れが流れ来たっては泊まり、また流れはじめる「瀬」がある。

その瀬において、水の終わりと始まりがひとところに融け合う。

死と生とが、そこにひとつに融けあうと、そう古代人が思うのに時間はかからなかったろう。

してそのような場所は、再生の地、魂の浄化の聖地となってゆく。

終わりと始まりがひとところに交じり合う両義的な場、そこに死もありまた生もある幽明のあわい。

ハツセを表記するに、思い余った智恵ある人が、その地を俯瞰して「長谷」と書いたものか。


問題は、この瀬に落ちた観音という種であった。


このハツセという聖地が、魂の浄化の場としてはるかな古代から人々が重視していたことは想像できる。

そして、この列島に運ばれてきた観音という種は、あちこちに蒔かれながらもこのハツセにおいてもっとも大きくもっとも深く根を張った。

それはなぜか。

注目すべきは、多くの伝説が、この土地が「もともと観音の聖地であった」と告げていることである。種は、実はもともとそこにあったのだが、発芽せず、根も張らなかった、というのだ。


僕はこう考えている。

ハツセという聖地において、魂は死に、浄化され、新たな生命をいただいて生まれる。

清められ、再生する魂。

ハツセにおいて、古代日本人は、淡々と、ただ淡々とそのような場の力に身を任せて、祈り続けていたのではないだろうか。

しかし、ある時、このハツセという場において何が起こっているか、再生や浄化の時、私たちの中で何が起こっているか、そのような宗教的な意識の変容の言語化が問題になったのだと思う。

誰かが問題にしたというより、その場の力や、その場で体験されることを意識化したり、言語化したりすることが、時代の成り行きの中で必然的に、しかも強力に要請されてきたのではなかったか。


つまり、人間の魂は、どのような力によって浄化されるのか。

どんな働きによって再生するのか。

再生には、どんな人間性が必要なのか。

あるいは、何が欠落することによって、我々は再生や浄化を必要とするのか...。


このような問いに、ハツセの川を流れ下る水は何も答えない。

水は答えず、ただ浄化し、癒し、再生するのだ。

魂を再生するのは、いったい何なのだろうか。



太陽信仰の聖地としての長谷寺

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長谷寺の観音堂は東を向いて
建てられています
春と秋の彼岸、
春分、秋分の季節には、真正面に太陽が昇ります。


ちょうど、
東の彼方にそびえる
根子岳と四阿山が
双子山の如くに
美しく並び、
その間から
彼岸の太陽が姿を現します。
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春分、秋分という
昼夜のバランスが調和する
神秘の時
私たちの祖先は
長谷山の頂きに立って
この朝の太陽を拝んだことでしょう。

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いつ、誰が、気づいたのか。
それは語り継がれ、今にいたります。
ぜひ一度
この真東の
ふたつの山の間から昇る
日の出をお参りください。

たましいのめぐりあい

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お盆が近づくと「たましい」について思うことがありますね。


 

仏師の友人がいます。


新しい仏像を造るより、むしろ修復をもっぱらとしているのですが、彼がこんな話しをしてくれました。


「仏師というのは、自分で造り上げた仏像を何百年後かに生まれ変わって、また仏師になって自分で修復するんです」


彼は千年も前に造られてすっかり傷んだ仏像の前にたたずんで、長い年月を経てきたお像の指先や衣紋、背中の曲線をひとつひとつじっと眺めながら、そう言うのです。


茶目っ気のある彼のことだから、そんな言葉を真に受けてはいけないぞとその表情を見てみれば、お像のお顔に向ける眼差しは、遥かに傷みも風化もない頃の姿を懐かしんでいるかのように思われ、そばにいる私もその「千年の邂逅」に立ち会って厳粛な思いに打たれるのでした。


弘法大師空海の師である恵果阿闍梨は、真言密教の全てを弟子である空海に授け終えてこう言われます。


「お前と私は、遠い遠い過去から、お互いに師となり弟子となってこの尊い仏法を伝えてきた。この度は私が伝えたが、次は私が弟子となって法を授かろう」と。


この言葉を受けた弘法大師は、後に懐かしい師を偲び、悟りを得ることよりも、この法と遭えたこと、その法を伝える師とめぐり合えた深い喜びを語っています。


人身は受け難く、仏法は遭い難し。


仏師は、目の前の仏像との縁を、魂の縁として深く受け止め、師と弟子は、そのめぐり合いの不思議を、永い永い魂の絆、法の契りとして受け止めていく。


仏師でもなく、空海でもない私たちですが、同じく命を授かってかけがえのない人生を生きているのですから、この世の旅路を、この一瞬一瞬を少しでも有意義にしたいものです。


ならば仏師や弘法大師の思いをヒントに、魂の縁に思いをはせてみてはいかがでしょう。


目の前の何気ない風景が、ただ漫然と流れていくのをやめて、何事かを語りかけてくるように感じられ、家族や友人と過ごす何気ないひと時がいとおしく感じられてくるのではないでしょうか。


奈良 明日香 岡本寺 ハガキ説法に寄稿

すきなお花は?

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降りつづく雨が朝方少しやんだ。

すると、妻のお母さんが庭に出て紫陽花を一輪、摘んできた。

お母さんは80歳を過ぎ、体も弱ってきたけれど、昔は学校の先生でした。

先生だけあって、ピリッとした厳しいところがある。

子どものころ厳しかった先生が、卒業後に会うと、とても優しい人であることを知って驚くことがある。

妻のお母さんもそんな感じで、ピリッとしているけれど、実は優しい。

優しさを上図に家族や他者に表現できる人もあれば、そうでない人もある。

今日のように優しさが求められる時代は、「実は優しい」人にとっては、生きにくい時代かもしれない。

実は意地悪だけど、優しさを表現するのは上手、という人もある。

不器用な人の優しさは、高倉健が生きていた頃より、もっと伝わりにくくなっている気がする。

雨の合間に、少し痛む足をかばいながら外に出たお母さんは、青い紫陽花を一輪摘んできた。

そして、テーブルの片隅に飾ってくれた。

長雨で気分も沈み、部屋もいささかどんよりしていたのに、ふっと明るくなってようだ。

優しさが、部屋に広がった。

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あまりじっくり語り合うこともなかったけれど、最近は一緒に過ごすことが増え、思い出話をしたりする。

今日は、紫陽花の花を摘んできたお母さんに尋ねてみた。

「おかあさん、好きなお花は何ですか?」

すると、いつもどちらかというとピリッとした表情の顔がぱっと明るくなった。

「私はもうなんといっても紫陽花のお花が大好きよ」。

「どうしてですか?」

「だって学校の子どもたちみたいでしょう。小さなお花が皆でひとつに並んで咲いているの」

「ほんとうですね~」

「ほら、子どもたちが合唱しているみたいでしょう」


そう言われてみると、確かにその通りだ。

雨の中、傘を指して庭に出てみた。

あちこちで、子どもたちが心ひとつに歌っている。


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梅雨の露の中に

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梅雨、空梅雨ですが、今は梅雨。

しとしとと、雨が降り、アジサイの花が咲いて、そこにカタツムリ。

そんな風情を楽しむ今日この頃。

天から落ちてくる無数の、それこそ無量無数の雨粒。雨粒。雨粒たち。

そんな一滴も、大地に落ちれば、流れ集まります。

大地にしみこんだり木の根に吸われたり。

根に吸われたら木の中を通って、また葉から大気へ。

あるものたちは小川へ、そして大きな川へと集ってやがて再び大海へ向かいます。

そしてやがて太陽の光を浴びる大海で、ゆったりと気体となって大空へ。

冷たい風が吹いてくれば、雲に生まれて、またあるものは雨に。

雨、雨、雨となった無量無数の雫となって、またここに。


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この一滴が、そんな旅を続けているのを、じっと思い巡らしてみる。

そして、その一滴がこんなふうに、葉にとどまるのをじっと見ている。

小さな、美しい一滴の雨露。

じっと見て、その帰し方に思いをはせ、その行き方に思いをはせる。

その滴には、世界が映っている。

その滴に、この世が映っている。

すると、その映っている世界の奥にはまたまた梅雨の雨が降る。

その中に、無量無数の雨が降る。

その一滴の滴に、思いをはせる。

その滴に、また世界が映っている。

その奥に、また無量無数の雨が降る。

その一滴には、また世界が映っている。


私たちの人生が、そのどこかに映っている。


梅雨の日は、雨粒に学ぶ。

禅が伝える昔の老師さんのエピソードにはハッとさせられるものが多い。


うろ覚えだけど、こんなのがあった。

 

むかし、ある修行僧が心から尊敬する師について修行していた。

清僧として知られる憧れの師について修行することが深い喜びだった。


ある時、師のお供でお出かけをした。

川に差し掛かったが、あいにく橋はなく、渡し舟もなかった。

仕方なく浅瀬を歩いてわたろうということになった。


そこには若い女性もひとり同じように川を渡れず困っていた。

すると師が、どれ娘さんや私の背に負んぶなさい、といって若い娘を負ぶって川を渡っていった。

弟子は驚いた。


若い女性を、尊敬する師が負んぶしている姿に、戒を受け仏道を歩むものとして違和感を受けた。

なぜだろう、どうしてだろう。


ぶじに川を渡り終え、師の背から下ろされた女性も深々と頭を下げて去っていった。

 

しばらく歩いても弟子は師への疑問が尽きなかった。

やがて弟子はたまらず師に尋ねた。

老師さま、我々出家のものは戒を受け、女性に触れることは禁じられております。

しかし、師は触れたばかりか、その背に負われました。

どうしてですか?

 

すると師は答えた。

 

「なんじゃ、お前はまだ下ろしてないのか?」


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さて、みなさんは、どう思いますか?


私も、この弟子の気持ち、わかりますね~。


でも、師の自由さも、素敵ですね。


このエピソードは、折に触れ、思い出します。


思い出すような時は、何か、このエピソードに心が引っかかるのでしょうね。



住職 記



再生の聖地ハツセに学ぶ

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長谷寺の長谷はそもそもハツセという。

漢字を当てれば「果瀬」「泊瀬」「初瀬」と書く。

果は果てること、泊はとまること、初ははじまること。


終わり、とどまり、始まり――。


山深き谷あいの奥の、清らかな水が流れくだる何処かに、そのような特別な「瀬」がある。


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流れくだってきた水が果て、泊まり、流れはじまる。


ハツセとは、一所でありながら、死と生と、そしてそのどちらでもある幽明のあわいでもある。


人々はいつしかこの三つの意味を秘めこんで、長い谷という地勢だけをもって長谷と表記したのだろう。



古来、人々はその「瀬」に詣で、そして再生を祈った。


魂に深い傷を負う人が、よみがえりを願った。

そこでひとたび果て、とどまり、そして再び生まれた。

長谷参りとは、その基層にこうした犠死再生を横たえた巡礼である。


この幽明のあわいに、いつの頃か、十一面観世音菩薩が出現された。

これはいかなることか。

十一面は「大悲」を本願とする観音である。

大悲(マハーカルナー)とは、大いなる憐れみであり、他者の悲しみ苦しみを我が悲しみ苦しみとする心である。


この同悲同苦の観音がハツセの中心におわすのは、人間性の、あるいは魂の再生にとって何が必要であるのか、そしてそれは見方を変えれば「何の欠如が再生を必要とするような状況に人を追い込むのか」を示してもいよう。


ハツセの叡智に学び、同悲同苦の観音性において再生に取り組みたい。







観音の大悲の桜咲きにけり

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観音の大悲の桜咲きにけり

          正岡子規

 

観音さまの寺の桜が咲いたよ、ということですが、「大悲」という言葉があることで、この句はとても味わい深くなりますね。

大悲とは、観音さまの心「大いなる思いやり」ということで、共苦とか同悲ともいい、さかのぼれば「一緒に泣く」「共に震える」という意味をもつ言葉で、サンスクリット語では「カルナー」といいます。

長谷寺の本尊十一面観音さまの真言「おん まか きゃろにきゃ そわか」の「まか きゃろにきゃ」がこの大悲を表しています。

この一緒に悲しむという心が観音さまの『本心』でありその救いの力の働きそのものなのです。観音さまとは「一緒に泣く菩薩」なのですね。

仏教では、この「悲」という働きが、人間の悲しみを癒し、傷ついた心を再生させると考えます。共に泣き、共に震える。苦しみを分かち合う心が、悲しんでいる人を癒し、苦しんでいる私をなぐさめる。

昔から、どの村にも観音堂があるのは、人と人とが生きていくうえでこの同悲同苦の心が大切なのだということを、決して忘れないためにまつったのです。悲しみや苦しみを分かち合う仲間であるからこそ、喜びも共に出来るのです。

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また「かなしみ」という心は、日本人にとってはとても大切です。悲しみは、人生の真実を教え、世界の実相へと私たちを導きます。和歌や俳句などの名作から伺えるのは、日本人はこの世界に悲しみが流れていると感じ、それをより深く受け止めていくことに依って神仏へいたり、さらには深い心境や魂の救済へと導かれていく。悲しみとは、宗教的な心情でもあるのです。

そんなことを踏まえて子規の句を味わってみましょう。

子規は深い悲しみに沈み、その悲しみに立ち尽くしている。そんな子規の前に桜の花が咲き開く。深い悲しみを知る人の眼差しは、その悲しみを知らなかった時には見ることの出来ない桜の美しさを見るでしょう。悲しみが深まり極まっていく時、そこでは見る・見られるのあわいは融けあって、悲しみは共振し、子規は桜となり桜は子規となって一緒に咲き散り、そこに深い慰めがあるのではないでしょうか。

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長谷寺には、たくさんの桜はありませんが、一本一本に観音さまの働きがやどり、皆さまをお待ちしております。開花まで今しばらく。大悲の桜に会いに来てください。

近づく三十三燈籠

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毎年八月九日の夜、
観音千日参りの縁日に献灯される「三十三燈籠」。
祭の最後に、
捧げられた大燈籠を引き倒して石段を駆け下りていく。
この引き倒しの時、提灯を拾うと
その家は無病息災と伝えられます。



東京盆

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717日 晴れ

ひさしぶりの更新です。


こうしてお寺のブログを書いていますと、時々「読んでいますよ」とのお声をいただき嬉しくなることがあります。

が、そんなお声は、よりによってというか、不思議とブログの更新が滞っているタイミングで耳にするのです。。。

怠けているわけではないのですが、バタバタしていると「書く」という気持ちが湧いてこないのでしょうか。

忙中に閑あり、と古人の言葉通り、心に余裕がほしいものですね。

 

先日は東京のお盆の時期に合わせて、東京や埼玉にお住まいの檀家さんのお宅にご先祖のご供養のおまいりに行ってまいりました。

故郷を離れて東京に住まいを構え、家庭を築き、子が生まれ育ち、今では孫、ひ孫の代へと時は流れ、そんな暮らしの中に、年に一度、田舎から菩提寺の住職が「こんにちは」とやってくる。

 

田舎の住職を迎えるとき、どんなお気持ちなのかな、と、思います。


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お盆というのは、先祖を迎えるわけです。

先祖が、帰ってくる。

考えてみると、その目には見えない、魂を迎える時、そういう存在をお迎えしようという気持ちそれ自体もまた日頃は忘れているわけですから、やはり帰ってくる、といえますね。

お盆には、先祖を迎える気持ちが帰ってくる。

普段あまり意識しないけれど、やはり、祖先の霊を大切にしたり敬ったりする気持ちというのは、日常的には「遠く」に行ってしまっていますよね。忘れている、わけです。

それが、帰ってくる。

気持ちが帰ってくると、なにか、風景も違って見えてくる。

見慣れていたはずの景色の中に、普段は感じなかった一本の木の存在に気がついたり、近所の人の暮らしに親近感が湧いたり、身近な人に「ありがとう」と言いたくなったりする。

先祖と一緒に、自分の中の、優しさや感謝のような気持ちも帰ってくる。

不思議なものですね。

皆さんも、先祖をお迎えすると、なにか自分の気持ちも中にも帰ってくるような、蘇ってくるようなものや感情があるのではないですか?

お坊さんの、仕事というのはいろいろあるわけですが、先祖をお迎えして供養するお手伝いをしながら、「帰ってきたのはご先祖さんだけですか?」と、お尋ねすることもそのひとつかな、とそんなことを考えた東京盆でした。

(住職記)

法の雨

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 暑い日が続いています。  
 
 信州さらしなの辺りは雨らしい雨もなく、日照りです。  

 総代さんと話していたら、畑の井戸が枯れたそうです。  

 爽やかな新緑の青空は本当に美しいです。  

 気持ちも晴れ晴れとしてまいります。

  DSC_2017.JPG  でも、こんなに晴ればかりになると、さすがに不安なりますね。  

 法雨、という言葉があります。  

 仏さま、観音さまの法(のり)の雨、慈しみの雨。  

 観音経にはこんな経文もあります。  


 澍甘露法雨 滅除煩悩焔   

 観音さまの慈悲は甘露の法雨となって雨ふりそぞき   

 私たちの燃え盛る煩悩の火焔を滅して除いてしまう  



 お経が、これほどに観音さまの慈悲を雨の喩えをもって示すほど  

 私たちの祖先は干天を恐れ  

 乾くということがもたらす悲惨さを知っていたのでしょう。  

 長谷観音には江戸時代の初めからとも、  

 もっともっと遥か昔からとも伝えられる  

 雨乞いの祭りが伝承され  

 地域の皆さんとともに守り伝えています。  

 今は、心から観音さまに文字通り風雨順次とお祈りしましょう。  

 大地の渇きを潤したまえ。  

 南無観世音菩薩    

イエス=キリストの愛

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上田市の短大で数年前から宗教についてのお話をさせていただいています。

 お釈迦さまのお話をしたり、お経の言葉を取り上げて考えてもらったりします。

 今日は、キリスト教について、少しお話をしました。

 といっても、神父さんのようにしっかりと聖書のお話が出来るわけではありません。

 だから、一般によく知られているイエスの言葉を取り上げて、一緒に考えます。

 「人はパンのみによって生きるにあらず」

 「あなたの敵を愛しなさい」

 そんな言葉です。

 「敵を愛するなんて、凄い!普通じゃない」と、学生さんが言います。

 確かに、本当に凄い。普通じゃない。

 しかしふと思い当たる。観音経にも同じようなことが書いてある。

 「恐ろしい戦いの中にあっても 観音の力を念ずれば 諸々の怨みは消えていく」

 それは、敵対関係、という関係性、敵か味方か、あるいは勝つか負けるか、あるいは奪い奪われ。

 そのような敵対的な自他の関係性を、イエスは愛によって、観音さまは「慈悲」によって変えてしまう。

 興味深いのは、イエス=キリストが愛を説き、観音さまが信仰されるようになった時期だ。

 いずれも2000年前頃という説がある。

 洋の東西で、同時期に、人間の関係性を愛・慈悲によって変えようとする宗教運動があったということ。

 2000年前、何かがシンクロして、人類の中に意識化された。

 と、そんなようなことを、学生さんとお話しながら、思った。

 
 

    

静かに座るひと時を

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430日 晴れ 気持ちのよい新緑の日

 

4月はやはりバタバタとしていて、この「住職日記」もなかなか更新できません。よく「忙しいという字は、『心』が『亡ぶ』と書く」といわれますが、何やかにやと寺のことや諸々と頂いているお役目の会議などをしているうちに、あっという間に月末です。なんだか、「心ここにあらず」で、こんなふうに日々が過ぎていくのが少し怖いですね。

皆さんは、この4月をいかがお過ごしでしたか?

私は、坊さんの修行としてはもちろんですが、こういう落ち着かないときには、心のメンテナンスのつもりで、夜のひと時座るようにしています。

座る、そう、座禅、瞑想、ですね。

もっとも、こんなときは、心身のリラックスも願うところなので、本格的に実修するというより、呼吸法を中心に「静かに座る」という感じですね。

ですから、部屋の明かりをほの暗くして、お香を焚き、静かな音楽も流します。私のお気に入りは、リラクゼーションやメディテーション用に作曲されているものですが、夜のひと時の静座の間、『ここに在らずの心』が戻ってくるような、そんな気持ちがします。


みなさんも、夜眠る前などに、5分だけでも、心身をほどいて、静かに座るお時間を持ってみてはいかがですか?

 

深い呼吸と静座。

何も足さない、何も引かない。

そんなCMが昔ありましたね。

焦りやイライラ、忙しいと、そんな気持ちがたまってきます。

そんなマイナスの気持ちだけではなくて、穏やかで柔らかな気持ちも、自分の中に持っていたいですね。

眠る前、一日の体の疲れをとるときに、深い呼吸と静座で、イライラや心配だけで眠る夜とは違う、少しやさしい眠りが訪れるかもしれません。

 

今夜から、そんなお時間をお持ちになってはいかがですか。

 

住職より

合掌

2018年9月

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