「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」
寺暮らしの最近のブログ記事
年の瀬が近づき、寒さも冬らしくなって来ました。
風が冷たくなったと外にでるズクがなくって来る頃になると、一本の電話が入ります。
それは、弟の奥さんのご実家からで、「今年もそろそろですよぉ」と、お寺で漬ける分の野沢菜を分けて下さるお電話なのだ。
いつ頃からか、北風小僧の寒太郎のように、我が家にいよいよ冬を知らせる電話を頂くと、いそいそと頂戴に向かう。
ちょうど、長谷寺と千曲川をはさんで東側の山の麓にお宅がある。
車で、広々とした田んぼの中を抜けていくと、あちこちの畑で野沢菜を収穫している人の姿を見かける。また、庭先で家族総出で野沢菜を洗って漬け込んでいる家もある。
信州の冬の始まりだなぁ、と思う。
地元に一軒のお豆腐屋さんがある。
私が子どもの頃、そのオジサンが自転車だったか、カブだったかをノロノロと運転しながら、例のラッパを吹き吹きあちこち御用聞きをしていた。
寺の施餓鬼には欠かせない食材で、手作りの味わいがあり、素朴で、何と言うが「コシ」があった。
ある時、学校の帰りに豆腐屋のおじさんのラッパを聴きつけ、みんなでおじさんが商売をしているところには走っていった。
私の仲良しのいたずらっ子が、大きな声でおじさんに尋ねた。
「おっちゃんも、豆腐食うだ?」(「~だ」はこの地域の用法で疑問や独り言などに多用される。例:「どこ行くだ?」「さて、畑行くだ」)
ちょっと、悪ガキらしい意地悪な聞き方であった。
すると、豆腐屋のおじさんは、驚くような大きな声できっぱりと言った。
二十四節気では白露節、七十二候だと草露白になり、今朝は御堂の屋根にも朝露が乗っていた。
鐘つき堂から朝日を眺めていると、千曲市の森の辺りは朝靄がかかっている。
裸足の足が肌寒く感じ、ふと気がつくと息が白い。
「ああ、秋だなあ」と思わず呟いた。
いつものように、本堂裏山の倒木や枯れ枝の片付けに来てくれている小山さんが、上のほうから声をかけてきた。
「おはよぉ、さむいなぁ」
笑いながら、大きな篭を背負い降りてくる。背負い籠には枯れた枝や切った枝が一杯に入っている。
11月に6才になる娘が5月から寺の「写経の会」に参加している。
今日も参加した。
むろん、まともな字になるはずは無いのだが、それなりになる。
〈写経における「まともな字」とは何か、これも悩ましいところだ〉
息子は何度も参加しているが、相変わらずミミズの這ったような気味の悪い字のままだが、娘の方が何となく字に見える。
最初は、筆ペンでやってみたが、筆圧の調整がないから、インクがどんどん出てしまって丸い黒団子の列になってしまった。
そこで、前回からはサインペンにしてみた。これはいける。
もっとも、般若心経を最後まで書きつくすのはまだ難しくて、三分の一位になると投げ出してどこかへ脱走してしまう。



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