住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

地域のことの最近のブログ記事

長谷寺鶴萩より.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

私が生まれる、だいぶ前の様子です。

いやはや、今とだいぶ感じが違います。

いまでは、このあたりを車道が登って、途中に駐車場もあります。

杉並木も、かなり生き生きとして見えますね。

 

 

 

第一回 チベット問題勉強会のお知らせです。

日時:第1回 2/14(日) 13:30~15:00

場所:もんぜんぷら座 3階
今年の六月、長野の善光寺さんにダライ・ラマ法王をお迎えするに先立って、地元長野ではチベット問題の解決を願う若者たちの呼びかけで、チベット問題の勉強会が開催されます。

この勉強会では、素朴な質問に正しい情報を提供してくれる関連図書をもとに、Q&A方式で、下記のような日本人のだれもが抱く「チベット問題ってなんなの?」という初歩的な疑問に答えつつ、事実や問題の本質を一緒に学んでいける企画となっています。

  • チベット問題とは何か?
  • なぜダライ・ラマ14世はダラムサラにいるのか?
  • なぜチベット人たちは命を懸けて亡命し続けるのか?
  • なぜ彼らは自分たちの場所、チベットへ帰れないのか?
  • なぜ、チベット支援をするのか?
  • チベットにとって、3月10日、という日はどのような意味がある日なのか?
  • チベットにあるお寺は現在、どうなっているのか?
  • チベットのラサにある世界遺産のポタラ宮殿の入場料はいくらか?

 

長谷観音の開基シラスケさんのお話が落語になった!

聞いてびっくり、笑って納得。

長谷観音のはじめて物語。

  • 長屋の物知り甚兵衛さんとお調子者の熊五郎が、信州長谷観音の昔話で一騒動。
  • 信州長谷観音はいつ、誰が、何のために創ったのか。
  • シラスケとは何者?
  • 親のために1000本の塔婆を建てたって?
  • 善光寺如来が千日の湯に入ったって?
  • 観音さまのお告げで謎の美女と結婚!
  • 美しい妻をめぐって白助と悪代官の知恵比べ。
  • 最強の力士とヨボヨボ爺さん力士の相撲対決やいかに。
  • そして、妻との悲しい別れと人肌観音の秘密とは?
  • 美人の女房と5万石のご利益を目指して、熊五郎が一大決心、その結末やいかに。
  • 長谷寺の開基の縁起を伝える「白助物語」(→詳細はこちら)を、昨年落語家桂七福師匠にお願いして落語にしていただいた。その「ふるさと落語『白助物語』がCDになりました!

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    本日、19時40分から、篠ノ井有線放送で、塩崎小学校の放送委員会の皆さんによる放送劇『白助物語』が放送された。

    素晴らしい!

    長い間、地元の人たちの間でも忘れらていたこの長谷寺開創の物語が、この平成の世の子供たちによって見事に演じられた。

    たまたま、昨年の秋、4年生たちが地元を学ぶ授業の一環で長谷寺を訪ねてくれたので、私は「こんな話があるんだよ」と、白助物語を語ってお聞かせしたことがありました。

    それからしばらくすると、放送委員会の先生から電話があって、かくかく云々で、放送劇に仕立てることになりましたよ、という。なんでも、先生は別のお話を台本にしようと考えていたそうであったが、子供たちが「シラスケ物語がいい!」といったというのです。

    嬉しいではありませんか。

    シラスケのお話の素晴らしさを改めて顕彰したい私としては、こんなに感激することはありません。

    しかも、シラスケ役の男の子の見事なシラスケぶり。

    他の役柄の皆さんも、みんなとっても上手でした。

    練習時間がなかったとのことでしたが、さすがは放送委員の皆様です。

    塩崎小学校のみんな、有り難う!

     

     

    地元塩崎には、小学生の女の子たちのソフトボールチーム「塩崎ドリームファイターズ」がある。

    彼女たちのチームは、なんと昨年地区大会を快進撃で勝ち進み、全国大会に出場することになったのだ。

    快挙だ!

    その彼女たちドリームファイターズの面々が、新年の初練習の昨日、そろって観音さまに「必勝祈願」のお参りにやったきた。

    みんなのもてる力を十二分に発揮できるように、一緒に観音さまに祈願した。

    さすがに強いチームらしく、みんな背筋を伸ばして、真剣に祈っていた。

    育ち盛りの子供たちは、一試合ごとに目覚しく伸びるのだと思うが、大きな大会に出場することによって、その大きな成長はさらにさらに飛躍的なものになるに違いない。

    臆せず、一球入魂の全力プレーでがんばってきてほしい。

    がんばれ、塩崎ドリームファイターズ!

    (父兄の皆さんも、がんばれぇぇぇぇ!)

    もう終わってしまったので宣伝ではありませんが、12日に千曲市の「アートサロン千曲」で、板画家の森獏郎さんと「木喰」をめぐっての対談をしました。

    といっても、私は木喰仏についての見識もなく、それについての強い関心を持っているわけではないのですが、木喰さんが真言系統の修験の修行をしたり、作品に添えて歌われている数々の和歌に、空海とか阿字といった、真言宗のキーワードが頻出するので、そのあたりについての話しをしよう、と獏郎さんに誘われ蛮勇を奮って挑んだのでありました。

    木喰さん入門

    獏郎さんは、こんな人ですと一言で説明するのは困難な人物ですが、千曲市の森というところにお住まいで、基本的には「板画」を彫り、棟方志功の系譜を真っ当に継承している作家だと思いますが、その他に、詩人であり、俳人であり、民芸の研究と実践家であり、郷土史の研究者であり、ちょっとだけ市会議員であった時期もあり、種田山頭火、小林一茶の深い読み手であって研究者であり、まあそれでいてちゃんとご家庭もあって、なんだかよく分からないのですが、そういういろんなことを同時にやって、いつも会うと「オラはもう腰は痛えし、酒も飲めなくなったし、じき死ぬだな」というのだが、いつも異様に元気だ。初めてお会いした時も「もうじき死ぬ」と確かに言っていたが、いっこうに死ぬ様子はないどころか、ますます元気だ。どうなっているのだろうか。

    獏郎さん入門

    木喰さんもそうだ。

    篠ノ井円福寺の御先代である藤本幸邦老師が御遷化された。

    世壽九十九歳、老衰であったという。

    戦後、親とはぐれ孤児となった子、あるいは戦災で親を失った子どもたちを引き取り、寺で育てた。

    我が子同様、あるいは我が子以上の愛情によって育み、その精神は仏教の慈悲の実践として次第に地域に広がって、やがて日本の戦後復興が一息ついた頃からは海外の難民などの支援へと発展していった。

    幸邦老師がおいでになったことにより、私たちは、戦争の悲惨、世界の悲しみを知り、そしてその悲しみに共感し、支援の手を差し伸べる実践を知った。

    私は、数度しか接したことはなかったけれども、私が本山での修行を終えて戻り、初めてお会いしたときのことはよく覚えている。

    ニコニコと、円満このうえない笑顔であった。

    私の寺での仏教会の会議があり、そのお帰り際に、玄関に腰をおろしながら、見送る私にこう仰った。

    「観音さまだよ、観音さま、これからは観音さんの心だ、いいな、うん、観音さん、観音さんだ、わははははは」

    すでに八十代もなかばを過ぎていたと思うが、大変大きな声に驚いた。

    そして、繰り返し、観音さん観音さんと笑いながら言う老師の姿に、ひどく感動した。

    観音さん、観音さん、である。

    南無

    合掌

    参考にご覧下さい。

     

    息子が新型のインフルエンザになった。

     

    周囲の中学校や小学校ではだいぶ流行していて、学級閉鎖も続いていると聞いていたが、地元の塩崎小学校にはまだそれほどの感染者は出ていなかった。

    ところが、数日前に、同じ5年生の隣のクラスに発生したらしい。

    らしい、というのは、母親同士の噂話で「気をつけなくっちゃね」ということだったからだ。

    しかし、それはあっという間に拡大してそのクラスは忽ちに学級閉鎖になってしまったのだ。

    ところがである。

    地元に一軒のお豆腐屋さんがある。

    私が子どもの頃、そのオジサンが自転車だったか、カブだったかをノロノロと運転しながら、例のラッパを吹き吹きあちこち御用聞きをしていた。

    寺の施餓鬼には欠かせない食材で、手作りの味わいがあり、素朴で、何と言うが「コシ」があった。

    ある時、学校の帰りに豆腐屋のおじさんのラッパを聴きつけ、みんなでおじさんが商売をしているところには走っていった。

    私の仲良しのいたずらっ子が、大きな声でおじさんに尋ねた。

    「おっちゃんも、豆腐食うだ?」(「~だ」はこの地域の用法で疑問や独り言などに多用される。例:「どこ行くだ?」「さて、畑行くだ」)

    ちょっと、悪ガキらしい意地悪な聞き方であった。

    すると、豆腐屋のおじさんは、驚くような大きな声できっぱりと言った。

     

    二十四節気では白露節、七十二候だと草露白になり、今朝は御堂の屋根にも朝露が乗っていた。

    鐘つき堂から朝日を眺めていると、千曲市の森の辺りは朝靄がかかっている。

    裸足の足が肌寒く感じ、ふと気がつくと息が白い。

    「ああ、秋だなあ」と思わず呟いた。

    いつものように、本堂裏山の倒木や枯れ枝の片付けに来てくれている小山さんが、上のほうから声をかけてきた。

    「おはよぉ、さむいなぁ」

    笑いながら、大きな篭を背負い降りてくる。背負い籠には枯れた枝や切った枝が一杯に入っている。

    2010年3月

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