「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」
仏教の最近のブログ記事
来年は善光寺様の御開帳です。
しかし、どうして本尊を隠してしまうのでしょう。考えてみると、不思議です。仏教は「偶像」を大切にしているわけですが、これが秘仏というあり方になってくると、簡単に偶像崇拝とも言い切れなくなる。
僕は以前、本尊の秘仏化は、日本人が仏教を内面化した鎌倉時代じゃないかと考えたことがある。
日本に仏教が渡来して600年程を要して、日本人は「仏像」を見なくても、仏の姿を思い浮かべることが出来るようになった。長い、言語的、ビジュアル的な仏教との出会いの時間を経て、日本人は仏像がその姿によって伝えている思想を理解しまた感じ取ることが出来るようになったばかりか、人々や社会はひろくそれらのイメージや精神を共同化した。それが、鎌倉時代だったのではないか、と思っている。
鎌倉新仏教と称される運動が可能になったのは、そのような仏教思想の内面化や社会的な共同化が前提になっているのではないだろうか。奈良仏教や真言や天台という先行の仏教宗派の「堕落」が、鎌倉時代の仏教運動を生み出したということも、鎌倉祖師たちの言動から推して知られることではあるが、彼ら鎌倉祖師たちの眼差しから「堕落」と見えたのは、僧侶たちの生活ぶりとかではなく、これほどに仏法の内面化(生活化)を進めた日本人にとって、すでに旧来のスタイルに「着心地」の悪さがあったからではないか。
◆
10日から13日まで大阪、愛媛、高知へと旅をした。
出会いあり、登山あり、仕事ありの盛りだくさんツアーだった。
■10日「大阪應典院」
10日は朝8時に家を出て大阪へ。
大阪は、府や市の財政が厳しいと昔から言われているが、いつ行っても活気がある。行政の財政が厳しいのに、人々はいつも元気だ。何か、民と官では違う次元の経済があるのではないだろうか。
(何か、人を本気にさせる名前だ)
さて、私の目的地は天王寺にあるにある應典院というお寺だ。
昨今、日本でもエンゲイジド・ブッディズムという言葉も広がっているし、地域に開かれた寺院という発想も僧侶の中に浸透しつつある。そんな流れにあって、この應典院を知らないとしたらそのお坊さんは勉強不足であると断言していいだろう。
社会を向いて、同時代の人々の思いや苦しみや悲しみに対して、仏教は、寺院は、僧侶は何をなしうるのか。
そういうことに真摯に取り組んでいる寺院として広く知られる松本の神宮寺、京都の法然院などとともに、應典院様は現代の寺院のトップランナー(日本仏教界のボルト!)といえるだろう。
その主幹様と秋以降に企画されている某イベントの打ち合わせに行ったのである。
應典院様には、世紀末にその名も「ノストラダムスをぶっ飛ばせ」という激しい企画のイベントに参加したことがあった。
到着してみると、そのモダンな建築は寺院とは思えない趣である。しかし、入り口には石の地蔵菩薩が慈悲溢れるお顔で迎えてくれ、入り口からして仏教と現代との出会いが演出されているようだ。
私の親友が、いい年してから柔道を始めている。
そのことが何となく気になっていて、遠くに住んでいる彼のことを折に触れて思い出す。
いい年して、とうっかり書いたが、40歳くらいになってから体を痛めつけるような武道を初心から始め、しかもそれを続けるというのは、なにかしら「想い」がないと出来ることじゃない。
しばらく彼とも会っていないが、ある時、手紙をくれた。
そこに、彼が尊敬する道場の師が大切にしているというあいだみつをさんの詩が書かれてあった。
私は、実は、あいだみつをという人の詩をよく知らない。
でも、その詩を目にした時は、ううむ、と唸った。
母のことを書いてみようと思う。それは遥か2500年以上も昔の、目連という男とその母、そして釈尊との話である。
その前に触れてみたい唄がある。歌手の中島みゆきさんの「帰省」という唄だ。
帰省
遠い国の客には笑われるけれど
押し合わなけりゃ街は 電車にも乗れない
まるで人のすべてが敵というように
肩を張り肘を張り 押しのけ合ってゆく
けれど年に二回 八月と一月
人ははにかんで道を譲る故郷(ふるさと)からの帰り
束の間 人を信じたら
もう半年がんばれる
《アルバム『短編集』所収》
八月と一月、つまり盆と正月に故郷に帰ると人は優しさを快復する。私は、八月の盆にまつわる物語をたずねながら、人が優しさを取り戻すわけを考えてみたい。
◆
先日、防火講習の時、講師の先生から、某NK文化会館の方からお聞きしたという、こんなエピソードを聞いた。
何年か前、丹波哲郎さんが長野に来て、その会館で大きな講演会を開いた。
大きな会場に満員御礼の来場者。もちろん霊界のお話であったという。
話も佳境に入った時、グラリと来た。
震度5強、長い揺れ、会館全体がグラリグラリと揺れ続けた。
一瞬静まり返る場内、いやな空気が流れる。
すると、客席の前側のある人がすっと立ち上がり、出口に歩き始めた。
それをきっかけに、すっすっと1人立ち2人たち、みるみる席を立って非常口へと人が歩き始めた。
「宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会」が発足しました。
長い名前ですが、この名前には、国内の社会や僧侶に向けたメッセージとともに、日本の僧侶が連帯してチベットの支援をしていることが、チベット人にも、中国人にも伝わること、また世界のチベット問題を注視する人々にも、日本の新しい動きとして伝えようという思いがあります。
こうした会が起こるきっかけの中には、各宗派が社会的な問題に迅速かつ柔軟かつ実効的にコミットしていくことに対する限界や失望がないといえば嘘ですが、むしろ、「全日本仏教会」のような公的なものとは性質の違う草の根的なネットワークが、宗派を超えて広がっていくと、将来的には宗派の持っている潜在的な力を生かしていくことにもつながると思います。
5月12日から16日まで、京都に行って参りました。
■大曼荼羅供
長谷寺は現在真言宗智山派に属していますが、その総本山が京都東山七条にある智積院という大きなお寺です。
このお寺で、大曼荼羅供という大きな法要がありました。
そこで私もお手伝いにいってきたのです。
宗派のあらましとか、この法要がどんなものなのかということには触れませんが、要するに伝統的な仏教教団の中のひとつの真言宗智山派において、この宗派が有する伝統法要の中でも内容もスケールも最高最大の法要が行われたのです。
それだけでも大変なことなのですが、今回は青年僧侶の集まりである智山青年連合会が主体となり、この会の発足50周年を慶祝して青年僧侶だけで企画実行してしまいました。
なにしろ、本来この大法要は僧侶として学徳人徳を磨きぬいたような高僧ばかりによって営まれるものであり、青年僧侶などお呼びでないか、参加できても裏方ばかりで法要に直接参加する役になることはありえないのものなのです。
それが、「若輩」の青年僧によってすべて企画・準備・執行まで実行されたのは画期的な意味をもちました。



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