住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

仏教: 2011年1月アーカイブ

真言教学のみならず、現代仏教の泰斗、偉大な学僧である宮坂宥勝猊下が御遷化なされた。

世寿90歳。

私は、たまたま宮坂猊下が総本山智積院において能化(管長)として在任中に、5年間本山勤めをさせていただいた。

私は直接接する機会のない部署で働いていたけれども、朝のお勤めや、時折境内を散策されている折などにそのお姿を見かけたりすることがあった。

学者らしい真面目さが第一印象であり、またそのイメージが付きまとってはいたけれども、侍者をお供に、あちこちにお忍びでスケッチ旅行に出かけたり、歌を詠むために京都の東山三十六峯を登ったり、いろいろなエピソードを耳にしているうちに、その仏教学の世界での巨大な業績ばかりでなく、芸術を愛し、自然を愛し、また弟子を思う優しさや思いやりある人柄が感じられてきた。

本山の能化さまは、緋色のお衣を召される。大僧正の衣の色であり、真言宗では、勤行以外の主だった法要では常にこの色のお衣でご出仕なされる。

謹賀新年

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明けましておめでとうございます。

 

今年が皆さまにとって安らかな日々でありますようにお祈り申し上げます。

 

年頭に当たり、皆さまにご本尊さまのご真言について、お贈り申し上げます。

 

真言には不思議なパワーが秘められていると伝えられます。

 

その説かれる心を味わい、日頃から唱えると、私たちの悲しみや苦しみ悩む心を静めます。

 

真言は一字一語に深い観音さまの智慧と慈悲の心を含み、唱える功徳は、現代人が見失いがちな善き人間性(慈悲・愛・思いやり)の実感と働きを呼び覚ますでしょう。

 

御本尊十一面観音さまの真言は、「観音さまの大悲の心よ、現れたまえ!」という意味となり、「まか・きゃろにきゃ(大悲)」すなわち「観音さまの大いなる同悲同苦の心の働き」の実現(そわか)を一心に祈念(おん)することばです。

 

また同時に、この真言は、観音さまに呼びかけるばかりでなく、私たち自身のうちに息づく慈悲や愛や思いやりに呼びかけることばでもあります。

 

失意の時や悲しみの時には癒しのために唱え、怒りや憎しみの時にはしずめのために唱えましょう。

 

苦しく困難な時こそ、観音さまに呼びかけ、その荒波に沈まないように、すなわち自分自身を見失わないように真言を唱え、お祈りしましょう。

 

また平穏な日々には、ありがとうの心を見失わないものであるために、これを心から唱えましょう。

 

真言とは「好きなことば」と言うことも出来るでしょう。

 

観音さまに呼びかけ、また私たちの思いやりの心を生き生きとさせる「おんまかきゃろにきゃそわか」は、愛情や思いやりを大切にして生きていこうとする人にとっては、人生の道しるべとなる素晴らしい「好きなことば」と言えるでしょう。

 

長谷観音とご縁のある皆さまは、ぜひ皆さまの「好きなことば」の中に、ご本尊さまの御真言をお加えください。

 

この一年、あなたが思いやりの心と常にともにありますように。

 

おん まか きゃろにきゃ そわか

 

南無大慈大悲観世音菩薩

 

合掌

 

 

 

2015年7月

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