住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

仏教: 2014年2月アーカイブ


チュンダよ、自分を責めるでない

 

季節はめぐり、月ももう終わろうとしています。

信州では、3月15日には月おくれのお釈迦さまの涅槃会(やしょうま)を迎えます。

涅槃会は、お釈迦さまと弟子たちとのお別れの時です。

 

ふりかえれば、この一年の間に、皆さんにもどれほどのお別れがあったことでしょう。遅れ先立つは世の習い、とは言いますが、大切な人を亡くすと、私たちの心中には、本当にさま々な思いが去来しますね。

あの時にこうしておけば、とか、もう一度会っておけば、とか、、、、。

そして時に、私達は自分を責めてしまいます。

 

この大切な人との別れに当たり、自分自身を責めてしまう私たちの心を思う時、私はお釈迦さまの涅槃の物語の中のある人を思い出します。

それは、お釈迦さまに「最期の食事」を捧げた鍛冶屋のチュンダです。

チュンダは、憧れのお釈迦さまに食事を供養できることを誇りに思って最高の食材を用意しましたが、気の毒なことにその時の茸がもとになって、お釈迦さまの体調は悪化してしまいます。

チュンダは、自分の食事のせいでお釈迦さまの死期が早まったことを嘆き、人々にも非難され、とうとう自分がお釈迦さまを死なせてしまうと我が身を責めます。

 このチュンダの心情と周囲の動揺を察したお釈迦さまは、チュンダに向け、そして周囲の弟子らにも聞こえるように殊更きっぱりとこうお説きになります。

 

チュンダよ、私が死んでいくのはお前のせいではない。

私が死んでいくのは、私がこの世に生まれたからである。

 

 私は、この一句を読んだり聞いたりするごとに、お釈迦さまは、未来のすべてのチュンダ、すなわち私たちに向かって語りかけているのだと思うのです。

「あの時に私がこうしていれば、あの人は死なずに済んだのではないか」「いや、ああしていれば...」と、自分を責め、ひとり苦しむ多くのチュンダ。

 そんなチュンダである私達に向かって、お釈迦さまは、「あなたのせいじゃない、心の重荷を降ろしていいのだよ」と語りかけていると思うのです。

 

 皆さんのそばで、チュンダが泣いていませんか。

 知らずにチュンダを責めていませんか。

 あるいは、ご自分を責めていませんか。

 

 

 3月15日は、お釈迦さまの涅槃会、

 皆さんと一緒に、お釈迦さまの言葉に耳をすましたいと思います。

よく聞いておくれ

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よく聞いておくれ

 

先年、101歳で遷化なされた松原泰道老師は、9歳の時に出家なさいました。


その得度式の時のこと、式がすむと、導師を勤められた松島瑞巌寺の盤龍老師が、少年の泰道坊を優しく抱いて、本堂に掲げられた涅槃図の前に進まれました。そして泰道坊を優しく抱いたまま、涅槃図の中で、お釈迦様の足に手をかけて泣いているお婆さんを指し、次のように語りかけたそうです。


長谷寺 涅槃図 老婆.jpg

「このお婆さんは、若い頃にお釈迦様に会いたいと旅に出た。風の便りをたどりお釈迦様をたずねるがいつも行き違い。気の毒にも、娘は旅を重ねて歳をとってしまった。ある日『お釈迦様は、あの沙羅の森にいらっしゃる』と聞いて、ようやくめぐり会えた。しかし、その時にお釈迦様はすでにお亡くなりになっていたので、一言も言葉を聞くことができなかった。泣いているお婆さんをごらん」


長谷寺 涅槃図 老婆3.jpg


この時、9歳の少年は、老師に抱かれながら何を思ったのでしょうか。大きな絵の中に横たわるお釈迦様と、その足をなでて泣いているお婆さん。じっと絵を見つめる少年に、盤龍老師は静かに続けます。


「わしの話しをよく聞いておくれ。お前は、お釈迦様がお亡くなりになってから二千五百年もたって生まれたが、お釈迦様の教えのお経を毎日読むことができるのだから、いいお坊さんになるんだよ・・・」


老師は、ふところの泰道坊にそうおっしゃって、頭をなでてくれたそうです。


どうぞ皆様も、涅槃図に描かれる、お釈迦様のおみ足に手をかけて泣いているお婆さんをごらんになってください。

そして、老師のお話を思い出し、ひとつひとつの出会いの、文字通り有り難い、その貴さを見つめ直してみましょう。

2015年7月

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