住職日記

被災地からのメール

皆様からのご連絡、日々の励みになっておりました。ありがとうございます。 

震災から本日までの事について、思いつく事、気づいた事をお知らせします。 

雑文お許しください。 

本日20日をもって被災より10日がたちましたが、いまだ電気、水道は復旧しません。そのような状況の中にあって、この地域に暮らす皆さんは自身の食料、物質を分け合いながら助け合っております。 

この岩沼玉浦地域は地震発生後、津波が押し寄せ、その被害がむしろ大きな地域でした。 

私も消防団員として、当日出動しておりましたが、15時過ぎには自坊にも津波が到達し、ポンプ車で脱出した時には膝まで海水が来ておりました。その後水位は夜半まで上がり続け、団員皆で津波の先端部にて詰めていましたが、停電し、雪が降る闇の中に上がり続ける水位のざわめきは忘れることができません。 

寺は海岸線から8キロ近く離れていますが、海水はさらに1キロ浸水しました。海に近い集落はほぼ全滅してしまいました。 

震災発生後、3日後に海岸部の捜索に入りました。仙台空港の近隣には工業地帯がありますが、その東端には集落があります。そこは建物のほぼ全部が津波によって倒壊し、防砂林の松も流され、今まで見えなかった海が直接望めるようになっておりました。 

捜索した一日の間に6名の方の体を収容しました。ほとんどか車で脱出しようとして、そのまま亡くなられた方々で、車からの搬出作業でした。遺族の方は車を見つけ出してはいましたが、津波によって破壊された車から体を引き出すことができずに、私達の到着を待っていた様子で、収容作業が終わると、悲しみながらもこれで供養ができると言っておられました。 

震災から5日ほどたつと、全国の消防、自衛隊、ボランティアの方々の支援も本格化し、被災した皆さんも様々な不足を感じながらも、それぞれの仕事、役割を見つけ出してはそれに没頭しているようです。 

私達も炊き出しなどで、何カ所かの避難所にいきましたが、一つ気づいた事があります。それは、その避難所の雰囲気についてです。被害の程度にもよりますが、他愛もない会話の中に、少し冗談でも言い合い、自身の境遇の不幸比べすらも笑いに変え、コミュニケーションがなされている避難所は、多くの事がスムーズに進行しています。そのような人が一人いれば、自然と同じくする人を引き寄せ、それが全体の雰囲気を作り上げるのかもしれません。自転車で町を走るときも見ず知らずの人と話す事が増えました。なんとなく今無事でいることが嬉しく感じられて、お互いに話をしているのかもしれません。 

彼岸に入り、今日も寺にははこんな状況にもかかわらず、多くの檀家さん方がせめて水だけでもと墓参りをして、地震で落ちて、バラバラになってしまったお不動さんを、本堂に上がってお参りしていただいております。みなさんと話させていただくと、境遇の差はありますが、笑顔で接していただくので、こちらも励みになります。 

今回の震災にあたり、ひとつ思い出したことばがありました。「和顔施」というものです。笑顔で接する事の力強さ、与えられる励み、喜びとも言えるかもしれません。今の状況ではとても笑顔などでないという方も多くいらっしゃいます。でも、そんな中にあっても、他愛もない冗談や、子ども達の笑顔に励まされるということは、私自身が実感しております。恐らくは笑顔で接する事が自分を励ます気持ちからでるもので、それが相手にも伝わるからこそではないかと感じられます。笑顔で話をすれば、それはより良い状況を見出して、思い浮かべられるからだとおもいます。 

-------- 
同じ宗派の僧侶からのものです。 

シェアする