住職日記

四国遍路の思い出 2

 おじさん

 

 そのおじさんは松葉杖をついていました。

 一人ではお風呂に上手に入れないので、黒い髭をはやした別のおじさんが一緒にいます。松葉杖のおじさんは人に会うといつも嬉しそうに笑います。髭のおじさんも一緒にいますが、あまり笑いません。二人はよくお風呂屋さんにいます。でも二人が本当はどこに住んでいるのか誰も知りません。誰かが本当は遠くにお家があると言っているのを聞いたことがあります。でも、もう何年も何年も帰っていないんだそうです。

 

 僕はお風呂で松葉杖のおじさんが鼻歌を唄っているのを聞いたことがあります。そんな時も髭のおじさんは松葉杖のおじさんの様子を心配そうに見ています。

 髭のおじさんは指輪をしています。銀色の指輪です。お風呂で指輪を見つけた時、僕はあのおじいさんに聞いたのと同じ質問をしました。

「おじさん、ずうっと歩いているの?」

 髭のおじさんは言いました。

「もう長いこと帰っていないな」

 大きなお風呂は気持ちがいいと松葉杖のおじさんが言うので、二人は毎日入りに来ています。お風呂で二人に会えない時は、旅に出ている時です。帰ってくると、二人は真っ黒になっていて、松葉杖のおじさんの足は前よりもっと痛そうで、前よりお風呂に入るのが上手に出来なくなっています。髭のおじさんは前よりも優しく松葉杖のおじさんと一緒にいます。でも前よりもっと笑いません。

 お大師さま、髭のおじさんは、帰りたいのかな。指輪をしているのは、帰りたいからなのかな。僕には分かりません。でも、髭のおじさんが、お大師さまを大好きなことは分かります。

 

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