住職日記

彼岸の日の出 レイライン

太古の人たちの宗教について分かっていることは少ないのだと思うが、長谷寺のある土地も、仏教寺院となる遥か以前から何らかの聖地とされていたのだとおもう。

そう考える理由はいくつかあるのであるが、そのひとつが彼岸の日の出だ。

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長谷寺は東向きに建立されているが、彼岸の日のでは、まさに真正面から顔を出す。

しかも、注目すべきは、真東に目をやると、彼方に見えるのは菅平の山嶺である。どう注目すべきなのかと言うと、この菅平にそびえるふたつのピーク、北の根子岳と南の四阿山 が美しい双子山となって望めることである。そして、このふたつの山と山の間から、彼岸の太陽は昇ってくるのだ。

こうなる。

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そしてこうなる。

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(上記ふたつの画像は昨年のものであるが、大気にふたつの山の影が移って神秘的な上にも神秘的な光景が出現した)

最近、レイラインといって、古代の信仰遺跡に直線を見出す探求も始まっているが、長谷寺からの迎える彼岸の太陽の光の道も古代人の太陽信仰の痕跡と考えてもよいのではないだろうか。

それを意識してか、長谷寺の長い参道は東に真っ直ぐ伸びている。

彼岸(日願)という昼と夜の長さが等しく分かたれる日を古代人はどう考えていたのだろうか。現在の長谷寺に伝わる記録や儀式や信仰にもそのようなものは何も伝わっていない。

しかし、他でもない彼岸の時期に、ふたつの山と山との間から太陽が昇ってくるのが見える『場』というのは、それを待ち、それを迎え、それを拝むための聖性を帯びた「場」であったと思わずにはいられない。

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長谷寺のシラスケ物語が主題としている「再生」とも深く通底すると思われるし、古代日本人が、観音菩薩をこのような場所にまつったことを考えることを通じて、またいろいろなものが見えてくるのではないだろうか。

 

コメント

  1. 雨ニモマケズ より:

     以前、同じ職場だった先輩が先日亡くなりました。自殺でした。
     職場での人間関係、というか、いじめにあっていたようで、1月末から痛風を理由に(実際そうだったようですが)療養休暇をとっていたそうです。穏やかな性格で、自己主張などあまりしない人でした。
     仏教に限らずどの宗教も、「命」を、与えられたものとして至上の尊いものと考えます。生きているというより生かされているのだと。だから如何に苦しくとも、辛いばかりの恵まれない一生であったとしても、それでも自ら命を絶ってはならないと。
     究極まで追い込まれた彼を前に、果たして自分は「それでも、生きてください。価値のない人生なんてないんです。」と言えたであろうか・・・。前回書いた「他人の精神的苦痛にデリケートに」なればなるほど、心許ないです。
     阿弥陀さま、観音さま、どうか彼をお救いください。
     南無阿弥陀仏 南無観世音大菩薩  合掌

  2. 幽黙 より:

    「シラ」を廻る物語には
    言いようのない誘惑に近いような
    魅力を感じますね
    彼岸の日の日の出はぜひとも
    この目で見てみたいものです
    あの山の影の神秘的なこと

  3. 玉泉 より:

    雨ニモマケズさんのコメントにより・・痛切に思うこと、共感するところがありまして、初めてコメントさせていただきます。
    私の友人が亡くなって1年経ちました。
    彼女は人生の半分以上を病と闘って亡くなりました。
    二回の移植手術に耐え、3回の絶望感を味わい。それでも、最後まで笑顔を絶やさなかった強い女性でした。
    今。彼女を支えた家族が、心の病になっています。
    与えられた命を生きた、生き抜いた彼女を支えた家族は、『彼女のぶんも生きるんだよ。』という周りの声さえ重くなっています。
    私自身も、なんという言葉をかければ良いのかわからぬまま・・・今は近くで、そして少し離れてを繰り返し、心寄り添うしか出来無い。でも、寄り添うことが出来るのなら、今は喜んで寄り添いたい。傍にいたいと思います。
    ツインピークスから登る朝日のように、家族が再生することを祈ります。
    すべての人の心が安らかに、救われますように・・・。
    南無観世音菩薩

  4. 長谷寺 より:

    雨ニモマケズ様
     いつもコメントを有り難うございます。
     自殺について、今日は仲間のお坊さんと話しあったばかりでした。自殺者が3万人を超えていることが口火となって、重苦しい対話をしました。仏教福祉に仏教の現代化の可能性を求める若い友人は、今のままではさらに自殺者は増加するとして、全国の寺院が各寺院の檀家に対して自死を回避するように働きかけ続けたら(地道ではあるが、やがては)大きな効果が期待できると述べていました。
     
     さて、長谷寺の本尊である十一面観世音菩薩を信仰する功徳について、「十一面観世音神呪経」に十種の功徳が説かれますが、その十番目に「横死しない」というものがあります。
     つまり非業の死を避けることができるというのですが、十一面観音にその力があるとされるのは、この観音菩薩に「大悲」が際立っているからだと思われます。
     おんまかきゃろにきゃそわか、と唱える真言の『まかきゃろにきゃ』はまさしく「大悲」であり、十一面観音とは、私たちの「悲」という精神性を本源とし、その成就を本願とする観世音菩薩です。 
     そして「悲」とは、同悲同苦、憐れみ、愛、慈愛ですから、これらの精神性の働きが人間をして非業の死から遠ざけるのです。逆に言えば、いじめとはこの「悲」の正反対にある悪業といえましょう。
     この十一面観音の本願を私たちが受け止めるなら、自死の危険性がある人のそばにあって我々為すべきことは、生命の尊さを説くことより、また人生の価値を説くより、むしろ共に悲しみ共に苦しむ同悲同苦性を実践することなのかもしれません。
     一般論としては、教育現場でも「命の尊さ」を繰り返し説くより、悲しみを共に出来る人間としての力を養うべきだと思います。その意味で、「他人の精神的苦痛にデリケートに」なろうとする私たちは、共に悲しんでいることを相手に伝える行動(方便)にすすむことが大切と言えましょう。
     
     観音菩薩の大悲心は、それを念ずれば(念彼観音力=かの観音の力を念ずれば)救いに現れない所は無いのですから、雨ニモマケズ様によって救済を祈られた先輩は、すでに観音大悲のうてなに受け止められて永劫なる阿弥陀さまの世界に往生されるものと信じます。
     
     しかし、自殺する人があれば、その人を囲む社会においてそれだけ観音性が弱体化していることを示すのであり、3万人を超す自殺者を毎年出し続ける日本の社会は、悲しみを分かち合う悲の人間性が著しく低下していると言わざるを得ません。
     
     このような悪鬼羅刹の国となりつつある日本であるからこそ、私たちは「その中の一人(其中一人)」になって観音の名(観音性の回復)を呼び続けたいと思います。
     南無観世音菩薩
     
     

  5. 長谷寺 より:

    幽黙さま
    「初瀬」と「泊瀬」というふたつの呼び名を持つ一つの場所としての「ハツセ」の意味を読み解く幽黙さんには、ぜひともこの朝日を肉眼で捉えてもらいながら、この古代からの聖地の意味をさらに深く深く読み解いていって欲しいと念願し、心よりお待ちしております。
    春だけじゃなく、秋の彼岸にもかような現象がありますから、ご検討ください。

  6. 長谷寺 より:

    玉泉さま
     初コメントを有り難うございます。
     
     寄り添うのは、全力で何もしないでそこにいる、ということだとカウンセラーの方に聞いたことがあります。再生に向けた力は、その家族の皆さまの中に秘められていると思いますが、その力が立ち上がっていくためには、何もせずでも全力で寄り添ってくれる誰か、という同伴者が必要なのでしょう。
     
     再生への旅路は、健常な周囲の目から見たら「病」のような様相を示すかもしれませんが、そのような通路を経てしか、戻ってこれないようなところまで行っているのだと思います。
     私自身は、かつてのように徒歩による巡礼や遍路のような異界へと身を運んでしまうことで、供養を念じて歩む間に、愛した人の不在を受け入れる精神状態へとゆるやかな再編集を果たすことができると思うのです。この巡礼にも、同行者や先達のような同伴者がありました。
     でも、そのような宗教的な危機管理の方途が閉ざされている現代人には、再生の道は困難を極めると思います。
     
     そんな困難な途上に、玉泉様のように寄り添ってくれる方と出会えたのは、ご家族にとっても心強いと思います。ただ、病んだ心との関わりは辛く、自分自身の器を超えた悲嘆と出会えば、その悲嘆に飲み込まれるリスクもまた生じます。
     どうか、観世音菩薩の大いなる慈悲や、またご信仰されている神仏の大きな加護を得ながら寄り添っていかれますように。
     南無大慈大悲観世音菩薩
     

  7. 雨ニモマケズ より:

     自殺の問題は、社会を変えることで減らしていけます。たとえそれが時間のかかる困難な道であっても(ただ、「観音性の回復」という和尚さまのご教示のおかげで希望の光が見えます)。
     これに対して、玉泉さんのおかれている状況のように、四苦のひとつである「病」とどう向き合うかは難しいです。我々人間にはどうしようもないからです。
     私は母を膵臓癌で亡くしました。まだ62歳でした。私は大空を(あるいは和尚さまが載せてくださったような日の出を)見上げると、大宇宙を司る大日如来を思い浮かべます。愛別離苦の苦しみ悲しみは、「忘れる」という能力をいただいたおかげで、時間というものが相当程度解決してくれますが、それと同時に、全知全能の如来さまがいろいろお考えの末、そのような定命をお与えくださったのだと考えるようにしています。
     ひろさちや先生は指摘されます。「本当の宗教というのは、病人が、「ああ、病気でも生きていけるんだ」「病人には病人の生き方があるんだ」という心境になるようにするものです。そういう考え方を教えてくれるのが宗教だと思うのです。」
     南無大師遍照金剛  合掌

  8. 長谷寺 より:

    雨ニモマケズ様
     どうしようもない事柄について、どうかしようとすると自己矛盾が引きおこり「苦」となると申します。でも、一人称・二人称の死の怖さを前に、僕らはどうしようもないことをどうかしようとしないではいられませんね。
     私の母もまたすい臓がんでした。その推移を思い出すのは今も辛いことではありますが、確かに時の流れが痛ましい記憶や別れの悲嘆、喪失感を変容させてくれるようにおもいます。
     また僕らは、自分自身や家族が病になれば、その病の奇跡的な治癒を祈らずにはいられませんし、事実そういうことも起きますが、そういう願いとともに不治の病を得た家族(または友)とともに過ごすことを通じて、健康な間には決して通わせあうことのなかった心を通わせあい、口にすることが出来なかった感謝や親愛の言葉を口にすることが出来るようになります。
     困難な局面でのそんな「気づき」や祈りから、そして心の通いあいから、生きていくこと(死んでいくこと)についての自分なりの洞察も深まり、また神仏の示す言葉に対する深い頷きも訪れるのかもしれません。
     どうしようもない事柄をどうかしようと思ってしまう人間の傲慢から、僕らは「病」を得ることによって開放されるという面がありますね。当人にも家族にも辛いけれども、この困苦の中からかけがえのない豊穣な人間性(観音性)も生じてくるのですから、老病死は、確かに如来の凡夫への計らいのひとつなのかもしれません。そのように受け止めていく心が、凡夫の生き方と言えましょうか。
     
     

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