住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

北欧から、サーミ人の音楽〝ヨイク〟@長谷寺

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SKAIDI  (スカイディ) from ノルウェー

北欧少数民族サーメ歌手とダブルベース・プレイヤーの異色デュオが長谷寺に登場!

これは、生きている間に耳にするべし!眼にするべし!

日時: 2010/7/4 (日) 14:30 開場 15:00 開演

会場: 長野市篠ノ井塩崎 長谷寺 完全アコースティック公演

チケット: 前売 2,000 円 当日 2,500円
公演終了後、ミュージシャンとのトーク、懇親会 (無料) 

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インガ・ユーソは、飾ることのない、直接的な存在感と深く響く声によって知られる、スカンジナヴィアの第一線級ヨイク歌手だ。もともと伝統的歌唱を学び、今や世界中から呼び声がかかる彼女は、ノルウェー北部のトロムス地方で活動している。現在、ヨイク歌手としてフルタイムで活躍しているが、経験を積んだ女優でもある。「ヨイクは山頂や変わった場所でのみ歌うものではない」とインガは考えていて、これまでに他の音楽ジャンルと実験的にかかわることにより、サーミの音楽を新たに作りかえることを一生懸命模索してきた。

 

スタイナー・ラクネスはノルウェーで最も進んだジャズ・ベーシストであり作曲家だ。恐れることを知らない、爆発的な演奏スタイルによって、伝説的ベーシストのチャールズ・ミンガスともしばしば比べられる。これまで、ジャズ・トリオのUrban Connection(アーバン・コネクション)での演奏、チック・コリア、マイケル・ブレッカー、スティーヴ・グロスマンやペール・ヨハンソンとのコラボレーションでも知られている。2001年にノルウェー科学技術大学で音楽修士となった後、The Core (ザ・コア)、The Ola Kvernberg Trio (ザ・オーラ・クヴェルンベルグ・トリオ)、Kirsti Huke Quartet (クリスティ・フーケ・カルテット)など多くのバンドやユニットで活躍している。

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Steinar Raknes (スタイナー・ラクネス)

   ジャズ・ベーシスト ノルウェー オスロ在住

Inga Juuso (インガ・ユーソ)  

   ヨイク歌手 ノルウェー トロムソ在住

SKAIDI (スカイディ) はジャズ・ベーシストの Steinar Raknes (スタイナー・ラクネス)とヨイク(北欧少数民族サーメの歌唱)歌手 Inga Juuso (インガ・ユーソ)のデュオ。

過去10年にわたり、様々な形態でコラボレーションしてきたスタイナーとインガだが、このユニットでは、ダブル・ベースのみという最小限の楽器の上に、極めて民族的な歌唱法を自在に展開することにより、「どこにもない音楽を創造」することに成功した。どこか荒削りだが、人間性の真っ只中に焦点を当てるような、デジタル時代に警鐘を与える音楽だ。ヨイクの伝統とジャズを踏まえながらも、それらを超えた新たな音楽表現がここにある。

ヨイク:スカンジナビア半島北極圏の先住民族サーメ人の伝統音楽で、基本的には無伴奏の即興歌。サーメ人は、森羅万象に宿る様々な精霊を信仰しており、ヨイクは、精霊や自然界と交信を取るために歌われてきた。

【公式サイト】

 

以下、文章、画像などはウィキペディアより抜粋です。地球は広い!

サーミ人(--じん)とはスカンジナビア半島北部ラップランド及びロシア北部コラ半島に居住する少数民族

北方少数民族として、アイヌ民族などとの交流もある。

もともと狩猟遊牧を行なう民族であるが、チェルノブイリ原発事故以降、トナカイの汚染が進み、伝統的な放牧生活を送る事は難しくなってきている。 

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サーミの旗。1986年の北欧サーミ会議で決定された。

 

サーミ人の信仰は、そもそも森羅万象に宿る様々な精霊を対象とした精霊信仰であった。季節、人間や動物の健康や繁栄、自然がもたらす様々な災害や恩恵、あらゆる物が精霊の力によるものと信じていたのである。そのため、全ての事象の根源である精霊の声を聞くシャーマンの存在は、サーミ人の宗教において必要不可欠なものだったのである。

精霊たち、また、父であり、母である太陽大地と交信し、森羅万象の変化の原因を突き止めるために存在していたのが、ノアイデと呼ばれるシャーマンであった。ノアイデは極めて稀な才能であり、それ故に、彼らは常に尊敬と畏怖の対象であり続けていた。

サーミ人の社会は、神の意志と、シイーダ内の古老たちの知恵に基づいて運営されていた。古老たちは、現世の問題(人々の諍いや、狩猟、漁労を、いつ、どこで行うかといったようなこと)を解決していたが、神や非現世に関する問題に関しては、ノアイデに一任されていた。ノアイデはシャーマン・ドラムを打ち鳴らしながらトランス状態に陥り、どの精霊が問題を引き起こしているのか、どうすればそれを解決することができるのかを知るのである。誰かが病気になったとき、その魂は肉体を離れているという考え方がサーミには存在しているが、この「盗まれた」魂を取り戻し、病気を治すのも、ノアイデの仕事だったのである。

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(サーミ人の暮らし:1900年ごろ)

こうした精霊信仰も、16世紀に入り、キリスト教の布教がラップランドまで及んだ時、例外なく弾圧の対象となった。現在サーミ人の大多数がルーテル教会、もしくは正教会に属しているが、17~18世紀までには、この基盤はすでに出来上がっていたと見られる。この流れに抵抗し、精霊とノアイデへの信仰を忠実に守り続けたサーミ人も、決して少なくはなかったが、宣教師たちは、彼らを迫害し、特にノアイデの改宗、撲滅に努めた。 キリスト教布教の動きが最も高まったのが、19世紀ラエスタジアス神父(彼自身もサーミ人である)が、サーミ人の改宗に訪れたときであった。彼が創始したラエスタジアス派はノルウェー、スウェーデン、フィンランドで現在でも広く信仰されている。

 

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こうしたキリスト教化の流れの中で、それでもノアイデは19世紀半ばまで生き残っていた。精霊に付いての知識や薬草を用いての民間療法の方法は今なお伝承されているが、それと信仰が結びつく、ということは、完全になくなってしまった。

(←海岸サーミ人)

 

☆音楽

サーミ人の音楽を特徴付けるのは、ヨイク (en;Yoikあるいはjuoiggus)と呼ばれる、基本的に無伴奏の即興歌である。

ヨイクは、上述したシャーマニズムと関連して誕生した音楽である。サーミのシャーマン、ノアイデは、トランス状態に陥る時、幻覚作用のあるベニテングタケの一種を服用していた。このキノコに誘発された激しいトランス状態の中、精霊との交信を行うのだが、さらにその状態を深めるため、大声で歌われていた歌、これがヨイクである。

シャーマニズムとの関連から、ヨイクは自然界とコミュニケーションを取るための道具、方法としてとらえられる。太陽や月、山、川などを対象に、その成立に関する物語を歌う、叙事詩のような形式を取ることもあれば、対象への賛美と感謝を歌う讃歌のような形式を取ることもある。

自然界に対してだけでなく、人間同士のコミュニケーションのためにも用いられる。赤ん坊が誕生した時、その子供に対して歌われたり、親しい人同士で、その人の外観、人格的美点、欠点、人生など描写したヨイクを歌い合うこともある。また、たった一人でトナカイが牽く橇に乗ったとき、その孤独を癒すためにも歌われる。

 

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←サーミ人の歌手

 

ヨイクは、決して吟唱詩のようなものではない。メロディーだけ、リズムだけで構成されるようなヨイクも存在するが、詩による、"歌う"ヨイクが優勢であることは確かである。しかし、この詩が、実際のサーミ人の口語で行われるということはない。ヨイクを構成する詩の言葉は、極度に省略、簡略化された特別の言葉、あるいは象徴的なイメージ群からなっているのである。そのため、サミ人の自然に対する視点や生活、感性を共有しない非サーミ人にとって、ヨイクをそのままに理解することはほぼ不可能といっていいだろう。この"わかりにくさ"のために、ヨイクはしばしばヨーデルと比較される。しかしこれは大きな誤りである。元々谷と谷の間で羊飼いたちの連絡手段として発生したヨーデルと違い、ヨイクは子音と母音の組み合わせから成り、歌い手はそれを慎重に選択、配列することによって、一言に膨大な情報を持たせるのである。

18-19世紀にかけ、他のスカンディナヴィア人の統治下に置かれ、民族的なものを否定する価値観にさらされていた状況の中で、ヨイクを伝えることに執着した者たちは、形を変え、ヨイクを存続させることを選択した。

つまり、弦楽器や打楽器、管楽器による伴奏を伴ったヨイクを生み出したのである。

元々ヨイクはシャーマン・ドラムを打ち鳴らしながら行われていたため、楽器の伴奏がつくことに何ら不思議はないように思われる。しかし、例えばノルウェー人の民族楽器ランゲレイクフィンランド人の民族楽器カンテレを使うことで自らの民族的地位を同時に向上させようとしていた節もある。事実、南部スウェーデンにおいて、サーミ人は社交的な場所に積極的に出かけ、ダンスを踊り、ヴァイオリンを演奏することさえしていた。今世紀初めにはコラ半島のスコルト・サーミ人はロシア流のアコーディオンを演奏し、カドリール(一種のスクエア・ダンス)を踊ることがステータスになってもいたのである。

老年層のほとんどはヨイクを歌おうとせず、中年層はヨイクを知らないといった状況が生まれつつあった中、ヨイクは復興の兆しを見せる。若いインテリ層が民族的アイデンティティの復興と確立を掲げ、ヨイクを再興し始めたのである。しかし、この流れもすぐには身を結ばなかった。ヨイクをすること、それはキリスト教会と政府によって処罰の対象とされていたのである。

民族的アイデンティティ復興の動きは、ニルス・アスラク・ヴァルケアパェー(通称:アイル)というフィンランド国籍のサーミ人現代詩人がヨイクを始めたことで一気に進んだ。彼の目的は、古いスタイルのヨイクを、あくまでその基本を損ねることなく復活させることであった。彼の目論見は成功したといえる。ニルスは1994年ノルウェーのリレハンメルで行われた冬季オリンピックの開会式壇上でヨイクを熱唱し、多くのサーミ人に勇気と希望を与えた。

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