住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

泣き虫菩薩

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泣き虫菩薩

 

チベットに伝わるお話です。


ヒマラヤ.jpg


むかしむかし、泣き虫菩薩とよばれて、皆にばかにされている、ちいさな菩薩がいました。

弱虫で、何をみてもすぐ泣くのです。

踏みつぶされる毛虫をみては、ぽろぽろぽろぽろ涙をこぼし、風に散っていく枯れ葉をみては、ぽろぽろぽろぽろ涙をこぼし、弱くみじめな自分に、ぽろぽろぽろぽろ涙をこぼすのでした。

 

そんな泣き虫菩薩を皆が笑いました。

笑われるともっと悲しくなって、私の悲しみはどこから来るのかと思うのでした。

どれだけ涙をこぼしたでしょう。

いつしか、泣き虫菩薩が流した涙で、小さな水たまりができました。

泣き虫菩薩は、涙の水たまりを見て、いったいどれだけ泣けば悲しみがなくなるのかと思いました。

何千も、何万も、星は巡り、月は満ちては欠け、日は登り、沈みました。

それでも、悲しみも涙もなくなることはありません。

やがて、涙の水たまりは涙の小さな池になりました。

 

泣き虫菩薩は涙の池に立って、泣きながら見わたしました。

泣きながら、毛虫をみて、小さないのちを思いました。

泣きながら、枯れ葉をみて、うつろう世界を思いました。

泣きながら、自分をみて、人間を思いました。

そして、悲しみが、世界に流れていることを、私たちに流れていることを知りました。

 

この時、泣き虫菩薩は、悲しみと永遠にともにあろうと願って、悲しみあるところにいっては一緒に泣き、苦しみあるところにいってはいっしょに震えました。

百千万億もの悲しみや苦しみによりそい尽くして、百千万億粒の涙をこぼして、泣き虫菩薩が流したはかり知れない涙によって、小さかった池は、とうとう大きな大きな涙の湖になりました。

そして、泣き虫菩薩は、大いなる悲しみの菩薩、大悲観世音菩薩になりました。

DSC052021.jpg

(撮影・飯島俊哲)

チベットには、今でも観音さまの涙によってできたという湖があるそうです。

私たちのために流して下さる涙で満たされる湖・・・。

遠く、思い浮かべるだけでもありがたい湖ですね。

 

(明日香村 岡本寺はがき説法寄稿)

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