住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

いのりのしずく

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小児科医の細谷亮太先生のお話しを通じて、小林一茶の句を味う機会を得た。

 

一茶は、家庭的には実はとても不遇の人だった。それは、一茶の句に親しむうえでは、とても大切なことだと思う。よく知られているのは、ようやく授かった我が子に死なれてしまった時の句だ。

 

露の世は 露の世ながら さりながら 

 

一茶は、仏法にも明るい人だった。その仏法に照らすまでもなく、世の無常は理解していたし、まさにこの世は露のようにはかないものである。

そのことはよく理解している。

しかしながら、いったいなぜ、どうして我が子は逝ってしまったのか、なぜなのか、、、。

この「さりながら」に込められた、あるいは、ここから滲み出してくる、怒りとも嘆きとも悲しみともいえる、思い。。。。

大切な人を亡くした方には、静かに響いてくる句ではないでしょうか。

蓮の露.jpg

かの哲学者・西田幾多郎も我が子を失った時の思いを語ります。

「人は死んだ者はいかにいっても還らぬから、諦めよ、忘れよという、しかしこれが親に取っては堪え難き苦痛である。時は凡すべての傷を癒やすというのは自然の恵めぐみであって、一方より見れば大切なことかも知らぬが、一方より見れば人間の不人情である。何とかして忘れたくない、何か記念を残してやりたい、せめて我一生だけは思い出してやりたいというのが親の誠である」。

 

一茶にはもう一首、私たちに胸に響く句があります。

 

蛍来よ我拵し白露に 一茶

(ほたるこよ わがこしらえし しらつゆに)

 

蛍は、古来、先立った懐かしい人の魂とされます。

一茶は、夏の夜に舞う蛍に呼びかけています。蛍よ、こちらにおいで、この私の用意した滴のもとに、と。まるで有名な『ほ、ほ、蛍こい、あっちの水は...』の歌のようですが、この句は、亡くした娘を偲ぶ句なのだそうです。幼くして亡くなってしまった娘の魂を呼んでいるのですね。

蛍は、夏の夜に、草花の葉先などに自然と結ばれる水滴を求めて飛んできてとまります。

蛍.jpg

山陰観光【神々のふるさと山陰】旅のポータルサイト


一茶はどうでしょう。そんな滴を乗せた夏草のそばにいるのではありませんね。そうではなくて、「我が拵えし白露に」と言っています。私が用意した露のもとにおいで、と。

では、一茶はその白露をどのようにしつらえ(用意し)たのでしょう。井戸から汲んできたのでしょうか?そうではありませんね。

細谷亮太さんは「それは一茶自身の念によって拵えた露だ」と仰いました。

一茶自身の念によって、、、。 

みなさんは、この「白露」をどう思いますか。

亡き人を、強く強く強く思い(念い)、その思いを凝縮していく。

それによって、一茶の手のひらには、ひとしずくの白露が結ばれる。

あるいは、それは乱舞する蛍の中に、一茶の方に迷い舞ってきた一匹の蛍があり、そこに娘を感じて思わず零れ落ちた一茶の涙であったかもしれません。

いずれにしても、その「白露」は、娘を偲んで止まない追慕の念によって拵えられたものなのですね。

 

季節はまだ春浅く寒い日々は続きますが、一茶の句を味わい、心は夏の夜の蛍を思いました。

 

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