住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

その中の一人

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観音経には、こんな一節があります。


「人々が、金銀財宝を求めて大海に船出したところ、にわかに黒風が吹いて船が悪鬼羅刹の国に漂着してしまった」。


この短い一節は富を求める経済活動の危うさを語っていますが、まるで、私たち日本人の戦後の歩みをたとえているようです。


我が国は、戦後、希望を持って復興の大海に船出し、必死の努力をして荒波を越えて世界でも稀な豊かさ(金銀財宝)を手に入れました。


しかし、私たちの船は、いつの間にか「もっともっと」というむさぼりの黒い風に運ばれて、今や激しい競争と厳しい格差の社会(羅刹国)に漂着してしまいました。


観音経はこう続きます。


「その時、もしもその中の一人が、南無観世音と称えるならば、その人たちはみんな羅刹の難から逃れることができる」。


観音菩薩を呼ぶとは、その本願を活動させることです。


観音菩薩の本願とは、大悲心によって衆生を救うことであり、大悲とはマハー・カルナーすなわち大いなる同悲同苦の心です。


とすれば、羅刹世界に観音様を呼ぶということは、奪い合いの世界に分かち合いの心、愛や思いやりを呼び覚ます、ということですね。


では同悲同苦を呼び覚ますとどうなるのかと言えば、観音経は「全員助かる」と断言しています。


つまり仏教は、観音の力つまり同悲同苦、愛には、奪い合いを直ちに停止させる力があると確信しているのです。


問題は、この羅刹国と化している我が国にあって、誰が「その中の一人」となるのか、なのです。


政治家ですか?


社会活動家ですか?


学校の先生ですか?


マスコミですか?


いいえ、もちろん違いますね。


観音経は強く訴えているのです、あなたこそが「その中の一人」たれ、と。


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