住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

負ける練習

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負ける練習

あいだみつを

 

柔道の基本は受け身

受け身とは投げ飛ばされる練習

人の前で叩きつけられる練習

人の前でころぶ練習

人の前で負ける練習です。

 

つまり、人の前で失敗をしたり

恥をさらす練習です

自分のカッコの悪さを

多くの人の前で

ぶざまにさらけ出す練習

それが受け身です。

 

長い人生には

カッコよく勝つことよりも

ぶざまに負けたり

だらしなく恥を

さらすことのほうが

はるかに多いからです。

 

そして

負け方や受け身の

ほんとうに身についた人間が

人の世の悲しみや

苦しみに耐えて

ひと(他人)の胸の痛みを

心の底から理解できる

やさしく暖かい

人間になれるんです。

 

そういう悲しみに耐えた

暖かいこころの人間のことを

観音さま、仏さま、と

呼ぶんです。

出典「一生感動一生青春」(文化出版局)出版


無限の可能性、頑張れが夢はかなう、と

耳触りのいいことばかり語られる子供時代。

でも、受験があったり、就職があったり、失恋があったり、仕事に失敗したり。

スマートにはいかないのが人生なんだな、と、

かみしめることが誰にでもある。

誰にでもあるけれど、

「どうして自分だけ?」と、

思ってしまう。

「どうして俺ばかり?」「どうして私ばっかり?」

でも、そういう辛く悲しい出来事を知る人が、

一人ぼっちの人の悲しみに寄り添うこともできる。

「負ける練習」はとても味わい深い詩です。

もしかしたら、私たちの人生なんて、

ぜーんぶ、負ける練習なのかもしれません。

どうして自分ばっか?

と、思うこともあるけれど、

負ける練習をたくさんした人が観音さまの心に近づけるのですから、

うまくいかない時こそ、

スマートに行かない時こそ、

心して『受け身』をしましょう。

負けること、それは大切な魂の練習です。

2015年7月

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