住職日記

「長谷寺の住職は現在35世代目。歴史ある寺を守ること、そこから仏教を発信すること、そこが地域に開かれた場となること。課題も夢も山積み。そんな住職の日々と思いをつづります。」

うしれいひなまつり

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3月3日 桃の節句 晴れ。冷たい風、強し。


女の子の健やかな成長を祈る、桃の節句。


中国には数千年に一度だけ花を咲かせて実をつける不思議な桃を食べると不老長寿になるという伝説があるそうです。

その実を食べたのが、かの孫悟空。

そんな昔から、桃には不思議な力があるとされ、女の子の成長祈願のために、その神秘の力の加護が願われたのですね。

やはり、古代の人々のビーナスや大地母神への深い信仰を思うにつけ、母なるもの、生命を生み育む偉大な女性の健やかな成長は、私たち人間の基本的な願いのひとつですね。


私にも娘がありますのでこの季節には小さいながらも雛人形を飾ってお祝いします。

私自身弟と二人兄弟でしたから、こういう可愛らしい行事とは縁がありませんでした。

こうして娘を持ってみて初めて感じる桃の節句ならではの喜びや感慨、そしてまた幼かった娘が、少女へ、そしてまた大人びて成長していく姿には、そこはかとない寂しさのようなものもありますね。

これは男親だからでしょうか。




それにしても童謡「うれしいひなまつり」のこのもの悲しさはなんでしょう。

少しも「うれしくない」という響きです。むしろ悲しくなってきます。

でも、この哀調に、日本的な情緒を確かに感じますし、こういう喜びの中にも悲しみを感じ取っていくところに、私たち日本人の世界の感じ方のようなものがあるのかもしれませんね。

「うれしいひなまつり」の作詞をしたサトウハチローは、愛娘を若くして亡くしています。

そのためこの歌にはその悲哀がどこかに漂っているとも言われていますね。

「生きていれば、今日は娘の祝いの日だったなぁ」という詠嘆のような響き。

そんな悲しみがあることを知るほどに、幼い命よ健やかであれ、と祈らずにはいられませんね。

(住職記)

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